1 :だりやすかれんだよー ◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:34:21.60 :+d3Ro89RO
――私は想うままに歌う。
声を旋律に乗せる。鼓動とリズムを合わせる。
唸るギターも。渋いベースも。響くドラムも。
全部巻き込むんだ。観客も、なにもかも。
全部巻き込んだ先に、なにかが見える気がする。
ノリにノッたステージの上には、絶対になにかがある。
目には見えないけど、見えるもの。
――それはきっと、心を震わせる……音の道標だ。
2 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:36:28.72 :+d3Ro89RO
―――
ロックってなんだろ。
口では軽く言ってるけど……正直よく分かってない。音楽のジャンルだってのは知ってるよ。
聴いてて夢中になる音楽?
それとも、思わず口ずさみたくなる音楽?
だったら、「薄荷」も「つぼみ」もロックだよ。うん。
……2人に呆れられた。いや、まぁさすがに無理があると思ったよ、私も。
3 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:38:19.61 :+d3Ro89RO
くすくす笑われる。なんだよぉ。
ジャンル分けしたらそりゃあ、2人の歌はロックじゃないけどさ。
でも私は夢中になるくらい好きだし、口ずさみたくなるよ?
だって、すごく素敵じゃん。想いが歌に乗ってるって言うか。
「泣いちゃってもいい」って。こっちが泣きそうになるよ。
「青空へと飛ばそう、希望の種」。いいじゃん、一緒に飛ばそうよ。
大好きだよ、2人の歌。
4 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:40:47.34 :+d3Ro89RO
……え。ちょ、ちょっと待って。なんで怒ってんの?
いたっ、な、なんで!? ほ、褒めてるんじゃん!
ごめん、なんかごめん! よく分かんないけどごめんったら、痛いよ!
ああっ、なにすんの! プレーヤー返して!
なんで消すの!? 帰りに聴けないじゃんかー!
い、いいよっ。帰ったら入れ直すし! せっかく褒めたのに……なんだよ、もう。
――2人の顔は、何故だか赤く染まっていた。
5 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:42:38.67 :+d3Ro89RO
―――
夕飯を食べて、お風呂から上がって、自室で一息。
パソコンを立ち上げて、音楽ソフトを開く。
ずらっと並んでいる楽曲たち。色んなCDショップに足繁く通って集めた、大切な宝物。
何曲入ってるかなんて、とうの昔に数えるのをやめた。好きな曲は増えるばかり。
一番多いのはやっぱりロック。アイドルになってからは、他のジャンルも増えてきた。
見識、ってやつ? それを広めないとね。
6 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:45:48.67 :+d3Ro89RO
マウスのホイールを回しても回しても、下まで辿りつけない。
どころか、「薄荷」も「つぼみ」も見つけられないくらいにリストは膨れ上がっていた。
こういうときの検索機能、っと。
拙いタッチでキーボードを叩いて、ようやく2人の名前を見つけた。
もはや名前を見るだけで安心する。私を呼ぶ、優しい声が聞こえる気がする。
それくらい、2人のことが大好きになっていた。
8 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:47:39.96 :+d3Ro89RO
……なんだか恥ずかしくなって、手早くプレーヤーに入れ直す。
もちろんお気に入り登録。すぐ聴けるよう、一番上に。
今度は消されないようにしなきゃ。
褒めると怒る。覚えたぞ。
そうだ、他の曲も少しだけ入れ替えよっと。さすがにもう、全部は入り切らなくなってるし。
愛用のヘッドホンをパソコンに挿して、リストを再生しながら選ぶ。
9 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:49:21.05 :+d3Ro89RO
んー。……これ入れよう。
こっちは……最近聴いてないなぁ。
カチカチ、カチカチ。クリックを繰り返して。
カリカリ、カリカリ。ホイールを回して。
そして、目に止まった。
「……『Dramatic daydream』」
私たちが最初に歌った、この曲。
10 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:51:06.61 :+d3Ro89RO
少しだけ音量を上げて、ヘッドホンを当て直す。
希望に満ちた明日を歌う、明るくてポップな歌。
この曲も、もちろんお気に入りに登録してある。2人の曲と同じくらい聴いてる。
決してロックじゃないけど。
やっぱりロックだ。
想像していたよりも鮮やかに、ずっと煌めくセカイ。
虹を作っている場所が在ると、私たちは信じて疑わない。
ただの理想なんて、簡単に飛び越えていく。
もっとその先を、一緒に見たいから。
心が踊る、そんな歌。
11 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:53:43.97 :+d3Ro89RO
気づいたら大きな声で歌ってた。
お母さんが部屋に入ってきて、叱られちゃった。ごめんなさい。
お父さんも顔を出して、「好きだぞ、お前の歌」って。
えへへ。
今日はこの歌を聴きながら寝よう。
これから見る夢は、きっと現実になると信じて。
―――
――
―
12 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:55:06.12 :+d3Ro89RO
―――
うーん、今日はバッチリ目が覚めた!
いい歌を聴くと寝起きもいい。さすが私たちの歌。
「おはようございますっ!」
勢い良く事務所のドアを開けて、テンション高く挨拶。
返事の代わりに耳に入ってきたのは「Twilight Sky」。
……なんで!?
13 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:57:04.57 :+d3Ro89RO
見れば、にやにやとノートパソコンを持ったクロワッサンヘアー。
わざとらしく目を閉じて聴き入る素振りを見せるぱっつんヘアー。
昨日の仕返しだと気づくのに3秒もいらなかった。
「巧く歌うんじゃなくて♪」
「心を込めて歌うよ♪」
やめろー! そこはそんなへらへらしながら歌っていい歌詞じゃないんだぞー!
どたばたと追いかけ回す。囃し立てる2人はなかなか捕まらない。
遅れてやってきたスーツの彼に怒られるまで、鬼ごっこは続いた。
14 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 12:58:16.49 :+d3Ro89RO
――慌ただしくなる事務所。
今日は夕方からライブだ。そのために朝早くから準備を始める。
セットリストを確認して、僅かな時間を見つけて振り付けを確かめ合う。
遊んでる時間なんてないわけで、そりゃ怒られるよね。
でも、ちょっぴり楽しかったのは内緒。
なんだって楽しい。
目まぐるしく流れる時間の中で、それだけは確かだった。
15 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 13:00:06.95 :+d3Ro89RO
―――
いつまでもこんな楽しい毎日が続けばいいな。
いつか終わりが来るのは分かってる。
分かってるけど、そうやすやすと終わらせてやらない。
一緒に歩き始めたこの旅路に、ゴールは見えないから。
だから、まだまだ終わらない。
16 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 13:02:05.61 :+d3Ro89RO
見えないものを探して歩くのは、ときには不安もある。
悩んで迷ったときは、一緒に歌おう。
新たなことに躊躇うときは、一緒に小さな一歩を踏み出そう。
少しずつ、少しずつ。見える世界を広げていこうよ。
一緒ならできるって、信じてるからさ。
―――
17 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 13:03:30.68 :+d3Ro89RO
――もうすぐステージが始まる。鼓動が高鳴り、気持ちが引き締まっていく。
ヒールの爪先でこつんと床を叩く。リボンをきゅっと結び直す。
「――ズレてるぞ」
「あ。……へへ、ありがとうございます」
彼が後ろからヘッドホンを直してくれる。いつものように。
……実は直してくれるのを待ってるんだよね。気づいてるかな?
18 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 13:05:14.81 :+d3Ro89RO
「今日は李衣菜がメインだ。ヘマはするなよ?」
「しませんよ。大丈夫」
「ふふ、ならいいんだ」
すっと上げられた拳に、自分のそれをとんと合わせた。
大きな手。拳を解いてそっと撫でてみた。
「どした?」
「なんでもないです。今日もロックに決めてきますよ!」
そしたら、褒めてくださいね。
19 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 13:06:55.33 :+d3Ro89RO
「――あ、いちゃいちゃしてる。抜け駆け?」
なにを言うか。
クロワッサンから手の込んだ編み込みに髪型を変えた子が、茶々を入れてきた。
「今日はバックダンスよろしくね。頼りにしてる」
「任せて。李衣菜がせいぜいロックに見えるようにしてあげるから♪」
「…………それはありがたいね、『大きくなったわたし』さん?」
笑顔の肘鉄が飛んできた。まともに脇腹へ突き刺さって、う、うぐぅ……!
20 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 13:08:37.08 :+d3Ro89RO
「次それ言ったら殴る」
「も、もう殴ってるじゃん……!」
「本番前になにしてるの、まったく……。大丈夫、李衣菜?」
無闇に人の過去をほじくり返してはならない、と蹲って後悔していたら、鈴を鳴らしたような声が慰めてくれた。
「うぅう、イジメられたよぉ……」
「よしよし……。加蓮、李衣菜に謝りなさい」
「ふんだ。私は悪くないし」
ほんと、直前になに遊んでるんだか。へへへ。
21 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 13:10:57.63 :+d3Ro89RO
「ほら、もうすぐだぞ。しゃきっとする」
優しく見守っていた彼が、立たせてくれた。
「さ、みんな。最高のステージを魅せてくださいね!」
微笑む私たちのお姉さんが、衣装のシワを伸ばしてくれる。暗がりでもその蛍光緑のライブTシャツが映えた。
「……うん、まぁよし。お仕置きはライブの後にしてあげる。行こっ、李衣菜、泰葉!」
「お仕置きって、もう……。――李衣菜、この前のライブでは私が助けられたから。今日は全力であなたをサポートします」
親友2人に背中を叩かれ、エールをもらって。
「それじゃ――いってきますっ」
私は、私の音を奏でよう。
22 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 13:12:49.52 :+d3Ro89RO
舞台へ上がる階段は、まるで未知への扉。
繋いだ手から伝わる想い。
幼い頃から描いていた、大きな大きな夢を叶えたキミと。
誰かの笑顔のために、この世界へ飛び込んだキミとなら。
分からないこと、知らないことがいっぱいある、未熟で半端な私でも。
きっと前に進める気がするんだ。
23 :◆5F5enKB7wjS6 :2016/05/08(日) 13:14:40.34 :+d3Ro89RO
まだ見ぬ世界が目の前に広がっているのに、なにもしないなんてもったいない。
さぁ、歓声の中に飛び込もう。
果てなく続くこの道を照らすために。ステージの上で、音の道標を見つけるために。
「行こうっ!」
――私たちの想うまま、歌おうぜ!
おわり