1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/25(土) 23:32:20.56 ID:mq+mI1No0
「あなた様、月を見に行きませんか?」
「ん?」
急に放たれた貴音の言葉
書類をまとめていた手が止まる
「今宵はとても月が綺麗です。私と、月見と洒落込みませんか?」
今日の残っている仕事は、デスクワークが少しだけ、時間はあまりかからない
7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/25(土) 23:40:56.72 ID:mq+mI1No0
貴音から、らーめん以外の誘いを新鮮に思い、俺は少し笑いながら
「わかった。もうしばらく待ってくれないか?」
と、返事をした
「わかりました。夜はまだこれからです、ゆっくりと待たせて頂きます」
「ああ、すぐ終わらせるからさ」
8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/25(土) 23:42:34.98 ID:mq+mI1No0
カタカタと俺がキーボードを打つ音と、ペラリと貴音が雑誌をめくる音
カタカタ、ペラリ、カタカタ、ペラリ、まるでリズムを取っているかのようで面白い
「ふふっ、いつもは賑やかな事務所も、今は嘘のように静かですね」
「そうだな、でも、こういう時間も大切なんじゃないか?それに静かな時間は好きだよ」
「そうですね。あなた様の言うとおりかも知れません」
9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/25(土) 23:44:22.49 ID:mq+mI1No0
ゆっくりとした時間。アイドルたちの声が響く賑やかな事務所ではなく、今は貴音と二人きり
お互いの息遣いが聞こえてしまいそうな程、静かで、ゆっくりとした時間が流れている
騒がしく、忙しい毎日を忘れさせてくれるような心地だ
不思議と作業が捗り、キーボードを打つスピードが上がる
「今日の業務は終了っと」
11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/25(土) 23:46:46.86 ID:mq+mI1No0
PCの電源を落とし貴音の方へと振り返る
「貴音、待たせたな、準備して行こうか」
「わかりました。それでは私は準備をして参りますので、五分ほどしたら屋上へと来てくださいますか?」
…屋上?
「移動しなくて良いのは助かるが、何をするつもりだ?」
12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/25(土) 23:48:56.64 ID:mq+mI1No0
貴音は人差し指を唇において
「秘密、です」
少し微笑みながら、ウインクをした
「それでは、お待ちしておりますね」
「ああ、また後でな」
13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/25(土) 23:51:10.20 ID:mq+mI1No0
貴音が事務所を出て行くのを見送って、事務所の戸締りを確認することにした
五分なんてあっという間だ、最終チェックをしてから屋上へと向かうことにする
階段を上がり、屋上へと続くドアを開けた
そこに待っていたのは赤いシートに座り、空を見上げる貴音と、お盆に載っているお銚子
月光を受けた銀の髪がまるで輝いているようで、声をかける事を忘れ、しばらく貴音に見入ってしまった
15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/25(土) 23:53:25.08 ID:mq+mI1No0
『銀色の王女』と称えられるに相応しい姿
「あっ、あなた様」
俺に気づいた貴音は優雅に姿勢を正し
「本日もお疲れ様でございました。ゆっくりとお寛ぎくださいませ」
三つ指を立てて挨拶をした
17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/25(土) 23:55:08.04 ID:mq+mI1No0
「お…お疲れ様です」
気軽に「そうさせてもらうよ」などと言えない雰囲気に俺は思わず敬語で返す
「ふふっ、そう緊張せずに、りらっくすなさって下さい」
貴音が俺を隣に座らせるように促してくれる
「どうぞ、この席はあなた様のために作ったのですから」
18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/25(土) 23:58:49.11 ID:mq+mI1No0
「じゃあ遠慮なく」
「はい、私の隣にお掛けください」
ふぅ、ようやく一息つくことができる
「あなた様、ご覧になって下さい。今日はこんなにも月が綺麗なのです」
貴音に言われて空を見上げると、大きな丸い月が見えた
19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:01:01.98 ID:mq+mI1No0
「最近、月を見ていなかったから、なんだか新鮮だな」
「こんなに大きくて綺麗で、手を伸ばせば掴めてしまいそうですね」
「ああ、そうかもな」
手をかざして貴音が微笑む
「ふふっ」
「ははっ」
20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:03:53.73 ID:7sjVDZJw0
何やら楽しくなって、思わずつられて笑ってしまう
仕事のせいで、という言い訳で、夜空を見上げることなど最近は全くしなかった
なかなか綺麗なものだ
「ところであなた様、お酒はいける方ですか?」
「嗜む程度ってところかな」
24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:07:54.18 ID:7sjVDZJw0
「そうですか、では早速いかがですか?」
すっ、とおちょこを差し出され、迷うことなく受け取った
これは貴音の私物か?とも思ったが
「給湯室にあったのです。丁度いいので拝借いたしました」
うーん、こんなもの持ち歩く子は想像がつかない…
25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:10:02.96 ID:7sjVDZJw0
「さぁ、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
貴音から酌を受ける
なんてことない動作なのに、妙に型にはまっていて、とても綺麗だ
「うん、美味いな」
「ふふっ、良かったです」
26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:12:32.43 ID:7sjVDZJw0
月を見ながら酒を飲む
風情がある。とは、こういうことを言うのだろう
「貴音は飲まないのか?」
「私はまだ未成年ですよ、あなた様」
「そうか。…本当は駄目だけれど、俺だけ飲むのも寂しいし、少し付き合ってくれないか?」
27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:14:42.25 ID:7sjVDZJw0
おちょこを差し出すと、貴音は返事がわりに受け取ってくれた
「仕方ないですね。では、少しだけ」
「よし、そうこなくちゃな」
酒が注がれるのを待つ貴音を見て、疑問に思ったことを聞いてみる
「さっき思ったんだけれど、妙に手馴れていると言うか、場慣れしているな」
30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:19:13.84 ID:7sjVDZJw0
「ふふっ、『くに』にいる時に少々」
ふぅん、『くに』ねぇ…
「それは聞いたら教えてくれるのか?」
貴音は、ふふっと微笑んで
「残念ですが、お答えできません」
32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:22:49.40 ID:7sjVDZJw0
またはぐらかされた。『くに』ってのは何なのだろうか
「ただ一つ言えるとすれば、疚しいことはしておりません。懐かしい思い出の一つです」
「そ、そうか…なら良いんだけれど」
大半の人間が、四条貴音はどんな人物なのか?と問われたら、ミステリアスな人間だと答えるだろう
それが貴音の魅力の一つでもあるのだろうけれど
33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:26:35.46 ID:7sjVDZJw0
「あなた様、顔に出ていますよ?」
「えっ?はは…すまない」
「私は今、気分がとても良いので、許してあげます」
相変わらず勘が鋭いな
「あなた様、見てください、月がおちょこの中にもう一つ。とても綺麗ですね」
35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:30:06.83 ID:7sjVDZJw0
そんなことを言いつつ、貴音が酒を呷る
こくり、と嚥下して、「ふぅ…」と息を吐く姿に、何故かどきりとした
「さぁ、あなた様の番です、どうぞ」
「ああ…ありがとう」
おちょこを受け取り、二度目の酌を受ける
36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:33:08.90 ID:7sjVDZJw0
ぐいっと呷ったところで声をかけられた
「あなた様、とっぷあいどるになる、とはどのようなことなのでしょうか?」
貴音からの、少し迷っているような視線
「そのままの意味じゃないのか?」
そういや、貴音がトップアイドルを目指す理由は聞いたことがなかったな
37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:36:26.07 ID:7sjVDZJw0
「あいどるの頂を目指す、というのはわかります。しかし、なにを以って、とっぷというのでしょうか?」
なかなかに難しい質問だ
「一般的に言えば、ランクを上げたり、ライブの入場者数、CDの売り上げとかか」
「それもあるでしょう。…質問を変えます、あなた様の考えるとっぷあいどるとは何ですか?」
「俺の考える、トップアイドル?」
41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:42:15.79 ID:7sjVDZJw0
「はい、あなた様の考えるとっぷあいどる。…いえ、あなた様の、理想のあいどるを教えて頂きたいのです」
理想のアイドル…か
ランク?それだけか?ライブの入場者数?そんなものが理想?CDの売り上げ?もっと根本的なもので…
アイドルがアイドルたる、俺が描く理想のアイドル…
「少し、くさい言葉だけど良いか?」
43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:46:04.64 ID:7sjVDZJw0
「ええ、あなた様の、嘘偽りのない言葉を聞きたいのです」
貴音を納得させられるかはわからないけれど、俺の本心を話そう
「俺の理想のアイドル、それは皆に夢を与えて、皆を笑顔にできるアイドルだ」
「夢と笑顔を、ですか?」
「ああ、皆にとびっきりの笑顔を、そして、とびっきりの夢を」
44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:49:08.78 ID:7sjVDZJw0
夢と笑顔を、ですか?」
「ああ、皆にとびっきりの笑顔を、そして、とびっきりの夢を」
…嘘偽りのない言葉だけれど、少し恥ずかしいな
「あなた様らしいですね。安心致しました」
「少し恥ずかしかったけどな」
45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:53:27.59 ID:7sjVDZJw0
貴音は、いいえ、と優しく言って
「少しも恥ずかしいことなどありません。貴方様の嘘偽りの無い言葉を聞いて、決心致しました」
「決心?それは聞いてもいいのかな?」
ふふっと貴音は微笑んで
「ええ。私はとっぷあいどるになります、あなた様と共に」
望むところだ。俺がお前をトップアイドルにしてみせる。長い道のりだろうけれど
47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 00:57:34.35 ID:7sjVDZJw0
「それと」
「他にもあるのか?」
「とっぷあいどるになることができたなら、褒美が欲しいのです」
「褒美?俺にできることなら何でもいいぞ」
貴音は少し考えるそぶりをした後に、今日一番の笑顔を見せて
「私を、あなた様だけの、あいどるにして頂きたいのです」
52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 01:04:31.92 ID:7sjVDZJw0
と、俺を驚かせる言葉を堂々と言い放った
俺を見つめる赤紫色の瞳
さらさらと風になびく銀の髪
不意に鼓動が早くなるのを感じた
言葉につまり、ただ呆然としてしまう
どれくらいそうしていただろう
自分の腕に当たる、柔らかな感触と、優しい声で、我に返る
55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 01:09:24.29 ID:7sjVDZJw0
「答えをすぐに聞きたいわけではありません。あなた様の周りには、魅力的な女性がたくさんおりますので」
にこり、と笑う、貴音の艶のある声が響く
「…ですが」
貴音は、すぅ、と息を吸い込み
「この四条貴音。必ずやあなた様だけの、あいどるになってみせます」
凛とした声で、力強い意思で、本日二度目の宣言をしたのだった
おわり
62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/02/26(日) 01:20:49.97 ID:7sjVDZJw0
見てくれた人ありがとう
貴音可愛いよ貴音
次は響でも書こう