【アイマス】響「自分、カンペキだからな!」【SS】

2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 17:51:04.57 ID:8o3z3VDG0
「ふぁ……退屈だぞ……」

「もうすぐみんな帰ってくる時間よ、響ちゃん」

「いや、そうじゃなくって……」

 その日、響は事務所で暇を持て余していた。まだまだ新人とはいえ、Dランクアイドルとしてそれなりの認知度を持つ彼女だったが、ここ数日は珍しく営業がない日が続いている。

 事務員の小鳥と二人きり。同僚のアイドルたちは今もほうぼうで仕事をしているというのに、自分だけ何もすることがない今の状況が、響はとてもつまらなかった。

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 17:55:27.71 ID:8o3z3VDG0
「最近全然仕事してない気がする……ピヨ子はいつも仕事があって、うらやましいぞー……」

「響ちゃん……そんな風に言ってられるうちが、一番幸せなのよ……」

「そ、そうなのか……」

 小鳥の表情に並々ならぬものを感じて、素直に引き下がる。なんとなく、大人って楽じゃないな、と響は思った。

「まぁ、そんなに焦らなくても、プロデューサーさんがすぐに仕事を取ってきてくれるわよ」

 プロデューサーは、貴音・美希・真の三人を連れてドラマの撮影現場に向かっている。その時に局のディレクターと打ち合わせをしてくるとのことで、

今の響にとってプロデューサーの帰りは、いつも以上に待ち遠しいものだった。

7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:00:54.30 ID:8o3z3VDG0
 ……仕事が入ってくれさえすれば、自分の実力を発揮できるのに。

 仕事が来ないこと自体には、響は全く不安を抱いていない。もうしばらくすれば仕事が舞い込んでくると確信していた。

それでも、活発な響にとって、今の状況は相当に耐えがたいものだったのだ。

 何をするでもなしにじっとしていることに耐えられなくなって、外に出ようとする。その時、

「ただいまなのー!」

「うぎゃっ!!」

 ドアノブに手をかけようとした響の目の前で、勢いよくドアが開く。そのままの体制で、固まる響。

8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:05:10.29 ID:8o3z3VDG0
「響、そんなところで何してるの?」

「い、いや……なんでもないぞ」

 ドアを開けたのは、美希。撮影が終わったのだろう、貴音と真、プロデューサーも一緒だ。

「お帰りなさい、みんな。今日の撮影はどうでした?」

 小鳥の言葉に、会心の笑みを浮かべる四人。口にしなくても、仕事の結果が伝わってくるようだった。

「もうバッチリでしたよ! 美希がドラマに出るのは少し不安だったんですけど、無用な心配だったみたいです。

 真を含めて三人全員がお姫様ってのも新鮮で、今からオンエアが楽しみです!」

 饒舌に撮影の一部始終を語りだすプロデューサーだったが、響の方を見ると、まるでそれが悪いことであるかのように申し訳なさそうな顔をした。

9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:09:48.01 ID:8o3z3VDG0
「悪い、響……仕事、また取れなかった」

「プロデューサーが謝ることじゃないさー。プロデューサーが頑張ってくれてるの、自分知ってるし。だから、また仕事取ってきてね!」

 それを意に介さない様子で笑う響。プロデューサーなら絶対に仕事を取ってきてくれると、響は信じていた。

 響の気持ちが伝わったのだろう、プロデューサーは心配そうにしていた顔をほころばせて、胸を張った。

「ああ。任せとけ。響も、しっかりレッスンこなして、いつ仕事が来ても大丈夫なようにしてくれよ?」

「そんなの心配ないさー! だって自分、カンペキだからね!」

「じゃあ響、そろそろ行こうか」

 真に肩を叩かれて、響は時計を確認する。今日は元々、帰ってきた真と合流してダンスレッスンをする予定だ。

今度のライブで歌う真とのデュオ曲のために、ここ最近レッスンに力が入っている。

「うん! ……よーし、今日も頑張るさー!」

 仕事がない分、レッスンに全力を注ぐ。この日、響のモチベーションは普段よりもかなり高かった。

10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:13:26.04 ID:8o3z3VDG0
「ワン、ツー、ワン、ツー! そこで体をひねって半歩下がる! そう、その調子」

 レッスンルームで行われる、激しいダンス。今度の曲に響と真が選ばれたのは、今までにない動きの多さが一番の要因となっていた。

体全体を使う力強いダンスに、自然と二人の息が荒くなる。

 ……今回のダンスは、今までで一番難しい。

 踊りながら、響はそんなことを考える。今までいくつもの曲をリリースしてきたし、自分が歌わない曲のダンスもテレビで真似している響だったが、

ここまでの手ごたえがあるダンスは初めてだった。

 しばらくして、曲がある場所に差し掛かると、響の体に自然と力が入る。響にとっては珍しいことなのだが、

ここ数日練習してもなかなかうまくいかないパートが一つだけあった。真も同様にその部分が苦手なようで、二人で暇を見て練習しているのだが、

通しでこの部分を成功させたことは、まだない。

12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:17:48.38 ID:8o3z3VDG0
 と、突然体勢が崩れる。片足をうまく出すことができず、バランスを保てなくなったのだ。

「うわっ!?」

 気付けば響は足をもつれさせ、あおむけで倒れていた。

 ……また失敗しちゃったな……真はどうだろ……。

 寝転がったままで真を見て、響は息をのんだ。

「すごい……」

 響の視界に映ったのは、難所を綺麗に踊りきる真の姿。本番はこれをさらに歌いながらこなす必要があるとはいえ、響はまだその段階にすら達していないというのに。

13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:22:31.73 ID:8o3z3VDG0
「真ちゃん、ちょっとストップ! 響ちゃん、大丈夫かしら?」

「大丈夫さー……そんなことよりっ!」

 響は即座に起き上がり、真の前まで向かった。

「真、今のすごかったさー! 初めて出来たんじゃないか?」

「家でやった練習がいい感じだったし、もしかしたら今日はいけるかなって思ってたんだ。へへっ、やーりぃ!」

 喜ぶ真を見て、さっきまでとは別の感情が心の中で小さく引っかかっているのを、響は感じていた。

それがまだ何かは分からないけれど、あまり気持ちのいいものではないことだけは、なんとなくわかる。

 ……いや、今はこのパートをしっかりこなすことが大事だよね。

「よしっ、さっきのとこもう一回お願いします!」

 些細な違和感など気にしている余裕はない。引き続きレッスンを再開したが、その日響が通しで踊りきることはなかった。

14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:27:46.23 ID:8o3z3VDG0
 翌日、響はまたもオフ。レッスンも無いので、同じくオフの美希と一緒にウィンドウショッピングに行っている。

「美希、まだ試着終わらないのかー? 自分もう美希のファッションショー見るの疲れたぞ……」

「もうちょっとなの! 響も退屈なら、もっといろんな服着てみればいいって思うな」

 仕方ないので、もう何度目か分からないが、響は店内の服を物色する。もっといろんな服、と言われても、ここにある服は美希が試着している間に大概見終わってしまっていた。

「……ん?」

 しばらく店内を見ていると、何度も見た洋服の陰に隠れて、まだ見ていないものがあったことに気付く。

目立たないところにあったそれは、裾にレースのついた白いキャミソール。必要以上に飾らないながらも、

しっかりおしゃれとしての主張を落とさないそのデザインは、響の心を強く惹きつけた。

15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:30:58.17 ID:8o3z3VDG0
 それを持って、試着室に入る。今着ている服や先ほど買った服と合わせてみて、鏡をのぞいてみた。

「これ、すごくかわいいなー。よし、買っちゃおう!」

 即断即決。試着室を出るとすぐにレジに向かって、会計を済ます。

「プロデューサー、気に入ってくれるかな……」

 しばらく、小さな夢想に思考をゆだねる。新しい服にプロデューサーが気付いて、褒めてくれたら。そう考えると、響の口角は自然とつりあがるのだった。

16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:35:02.44 ID:8o3z3VDG0
「響、もう買い終わったの?」

 突然声をかけられ、響は現実に戻ってくる。声をかけたのは美希。すでに試着を終えたのか、と思う響だったが、次の瞬間言葉を失った。

「ミキ、この服に決めたの。ミキ的にはかなりいいカンジなんだけど、響はどう思う?」

 美希にそう聞かれるも、響はまともな返答ができなかった。西洋風のTシャツと赤いタンクトップを綺麗に着こなした美希は今までにないほど可愛く、

響よりも年下だというのに、はるかに大人びて見えた。

「とっても、似合ってるぞ」

 やっとの思いで、言葉を絞り出す響。それでさえ、相当いい加減なものだった。

「あんまり、ほめられてる感じがしないの……。でも、ありがとう! 響は、どんなの買ったの?」

「あ、いや……内緒だぞー!」

「えー、ミキ知りたいのに! 教えてくれてもいいって思うな」

「ダ、ダメだぞー! 自分が着る時まで、内緒さー!」

 美希は響の買った服を、帰る間もずっと知りたがっていたが、どういうわけか響は美希に買った服を見せることができなかった。

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:41:48.50 ID:8o3z3VDG0
 家に帰ると、響はベッドに倒れこむ。めったにそんなことはしないのだが、今日だけはそうしたいと思った。

「これって……自分が、妬んでるんだよな……」

 小さくつぶやく。響は確かに、美希に嫉妬していた。モデルの様なプロポーションと、それを活かすだけのファッションセンス。

もちろん響だってアイドルだ。自分のスタイルやファッションに自信がないわけではない。それでもなお、美希のそれは響を凌駕するものだった。

「何だか、自分がカンペキじゃないみたいだぞ……」

 自分自身の言葉に、はっとさせられる。『カンペキ』という言葉を、今まで幾度となく使ってきた。それはデビュー前から今まで変わっていない。

ただ、自分が『カンペキ』にふさわしい人間かどうか――。そんなこと、響は今まで考えたこともなかった。

 美希のファッションに圧倒されてしまった自分。嫉妬を禁じ得なかった自分。そんな自分が本当に『カンペキ』なのか。

20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:46:45.06 ID:8o3z3VDG0
「美希の方が、カンペキなのかな……」

 いや、そもそも自分はカンペキなどとは程遠かったのではないか。そう考えながら、響は昨日のレッスンを思い出す。

真のダンスについていけないことなど、今までなかった。ライバルとして、真にだけは負けられない。

そう思っていたのに、響は昨日のレッスンで完全に真に負けていた。最後まで真のミスがなかっただけじゃない。動きのキレも、真の方が数段上のように思えた。

 ダンスでも、ビジュアルでも勝てない相手がいる。歌だって、千早には勝てないじゃないか。響は、今までに感じたことのない劣等感に苛まれていた。

 最近仕事が来ないのも、自分が『カンペキ』ではないからなのではないか。

 ……これじゃあ、仕事が来なくても当然だぞ……。自分がカンペキじゃないから……。

「ヂュ、ヂュヂュヂュッ」

「ハム蔵……?」

 響の横にはいつの間にかハム蔵がちょこんと座っていた。なにやら、必死で体を動かしている。

「そんなこと、気にしなくても大丈夫だって……? そんなわけないさー。ハム蔵は、分かってないぞ」

「ヂュヂュッ……」

「励ましてくれるのは嬉しいぞ。でも自分、全然カンペキじゃないみたいだから……心配かけてごめんな、ハム蔵。でも、もう平気だから」

 そう言って、響は頭から布団をかぶる。しかし、響が眠れたのは、それから2時間も経った後だった。

21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:52:22.93 ID:8o3z3VDG0
「はいさーい!」

 その日響が事務所に入ると、プロデューサーが怪訝そうな顔で見つめてきた。

「どうしたんだ、響。こんな早い時間に……。まだ俺しかいないし、響は今日は午後からの予定だぞ?」

 時刻は6時半。早番のプロデューサーしかまだ来ていないのも当然の話だった。

「自分、今からトレーニングに行ってくるから。練習してくるぞー」

「あ、ああ……って、仕事に影響が出ない程度にしろよー!」

 不思議そうな顔をして、響を見送るプロデューサー。結局、響がトレーニングから戻ってきたのは、移動の30分前だった。

 仕事が終わると、響は急いでスタジオに向かう。休憩時間も返上で、響はスタジオにこもっていた。

「お帰り。響、あんまり練習ばっかりしてると、身体壊すぞ? あんまり無理はするなよ?」

 スタジオが閉まる時間まで練習していた響。今までになく、響は練習に努めていた。

事務所で待っていたプロデューサーは響を迎えつつも、その身体を心配する。プロデューサーとして、仲間として、響に無理はさせられなかった。

 しかし響は、疲れ一つ感じさせず、満面の笑みを浮かべる。本当に無理をしているようには見えなかった。

「自分が本気を出せば、このくらいぜーんぜん平気さー! 心配してくれるのは嬉しいけど、無理とかじゃないさー! だから、安心してみててよ、プロデューサー!」

「あ、ああ……」

 そんな顔を見せられては、頷くことしかできない。何か納得いかないものを感じつつも、その日は解散となった。

23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 18:56:59.93 ID:8o3z3VDG0
 それから数日、響は誰よりも早く出社しては、予定の直前までトレーニングをし続けた。

そんなハードスケジュールにもかかわらず、響は嫌な顔一つすることなくレッスンに熱心に打ち込み、挨拶回りに奔走した。

 それが功を奏したのか、響の仕事も少しずつ増え、元に戻りつつあったある日。プロデューサーは、事務所でデータの整理を行っていた。

「ふぅ……これで一通り片付いたかな……ん?」

 ふと前を見ると、じっと彼の方を見つめるものが一人。

「どうした、貴音? 何か用か?」

 すると貴音はゆっくり頷き、プロデューサーを見据える。いつもはただ神秘的なその顔つきに、今日はいささかの神妙さが見て取れた。

「はい……実は、あなた様に折り入って相談したいことがあるのです」

24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 19:03:40.38 ID:8o3z3VDG0
「……分かった、話してくれ」

 プロデューサーも、真剣な話を覚悟し、襟を正す。すると、貴音は小さく息を吸い込み、そして意を決したように前を向いた。

「ありがとうございます。……実は相談事とは、響のことなのです。あなた様はここ数日、響が何やら無理をしているように感じられませんか?」

 その言葉に、プロデューサーは目を細める。そして確信を持った。違和感を抱いているのは自分だけではない、と。

「確かに、最近の響にはどこか無理をしている節がある。俺もそう思うんだけど、そう言うそぶりを見せてくれないんだよな……」

 そう。そもそも響は辛い顔など見せてはいない。その響が無理をしているなど、傍から見れば推量の域を出ない。それでもなお、二人はどこかおかしいと思っていた。

「しかし……。わたくしにはそう見えるのです。あなた様、どうか響に一度話をしてはくださいませんか?」

「ああ。正直、俺もどこかのタイミングで話をしなきゃいけないとは思ってたんだけどな……。どうにも、ちょっと不安なこともあって……。

 まぁとにかく、いつか必ず話を聞くことにするから。ありがとな、貴音」

「いえ……わたくしはただ、響を案じているだけですから……」

25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 19:08:20.48 ID:8o3z3VDG0
 その時、ドアが音を立てて開く。

「ただいまー! ……あれっ、貴音?」

 入ってきたのは響。どうせ話さなければならない話で、特に後ろめたいことはないはずなのに、思わず背筋が伸びる二人。

「二人とも、どうしたんだー? なんかヘンだぞ?」

 二人の顔を覗き込むようにする響。それをごまかしながら、プロデューサーは考えていた。

 ……今は響も疲れてるし、無理に話すことはないだろう。明日は響は午後からだし、俺の早番だ。もし話すのならば、その時でも構わないはず。

「さぁ、響、貴音も、もう遅いからそろそろ帰りなさい」

 プロデューサーの言葉で、貴音は意思をくみ取り、小さくうなずいた。

26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 19:12:20.13 ID:8o3z3VDG0
「響。そろそろ帰るとしましょう。もう月も傾く時刻です」

「うん、分かった。じゃーね、プロデューサー!」

「では、失礼いたします。ごきげんよう、あなた様」

 そうして、二人は事務所から出る。それと同時に、プロデューサーは机に突っ伏し、大きく溜め息を吐いた。

「……さて、どう話したものか……。貴音も俺と同じことを感じていたわけだし、やっぱりおかしいと思うんだけどな……」

 貴音は、事務所内で最も響と一緒にいることが多い。その貴音が言うのだから、プロデューサーも間違いないと思いたいところなのだ。しかし、ただ一つ。

「しかし、これでもし俺たちの勘違いだったら……。問い詰められた響は、どう思うだろうな……」

 そう。これがただの彼らの思い過ごしだった場合、響のやる気をそぐ結果になってしまうこと。最悪、傷つけてしまうかもしれないこと。それが彼は不安だった。

27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 19:18:21.68 ID:8o3z3VDG0
「……やっぱり聞けないかも知れないな……」

 どうしても踏ん切りがつかず、さっきよりも深く、もう一度溜め息を吐く。すると、

「どうしたんだね? ため息なんか吐いて」

 唐突に、後ろから声がかかる。いつの間にか、そこには社長が立っていた

「君にしては、珍しいね。何か悩みでもあるようなら、相談に乗ろう。力になれるかは、分からんがね」

 笑顔で優しく語りかける社長。プロデューサーは少し躊躇した後、今抱えている問題の一部始終を告白した。その間社長は、何を言うでもなく、黙って彼の話を聞き続けた。

「……ふむ、難しい話だね。確かに、今我那覇君を問い詰めれば、彼女を傷つけてしまうかも知れないね。だが、」

 と、そこで社長はまっすぐプロデューサーの顔を見る。その表情からは、いつの間にか笑みが消えていた。

28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 19:19:15.77 ID:8o3z3VDG0
すみません、ご飯を食べに行ってきます。
読んでいる人がいるようでしたら、もしよかったら保守をお願いします。

32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 19:37:51.75 ID:8o3z3VDG0
ありがとうございました。
再開します。

33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 19:38:55.71 ID:8o3z3VDG0
「厳しいことを言うようだが、少し君は、考えが甘いようだね。よく考えてみたまえ。もし本当に我那覇君が無理をしていた場合、それを放っておいたら、我那覇君はどうなる?」

 言葉を詰まらせるプロデューサー。なおも社長は言葉を重ねる。

「間違いなく、潰れてしまうだろうね。それでも、君はいいのかね?」

「そんなわけありません!」

 思わず立ち上がり、力強く叫ぶプロデューサー。それをみて、社長は鷹揚に頷いた。

「そうだろうね。確かに、女の子たちの気持ちを尊重するのは大切なことだよ。絶対に、怠ってはいけないことだ。

しかし、ただそれを優先させるばかりでもいけない。彼女たちの体調を踏まえ、性格を踏まえて、最も必要な判断をするのが、一流のプロデューサーというものだ」

35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 19:44:52.16 ID:8o3z3VDG0
 完全に盲点を突かれ、プロデューサーは思わず拳を強く握った。

「すみません、社長……。どうしてそんなことに気が付かなかったのか……。自分の至らなさが嫌になります。まだまだ半人前ですね、俺……」

「いいや、そんなことはないよ。今言ったことなど、君はちゃんと分かっているはずだ。ただ、誰しも時に基本へと立ち返ることが必要で、

今回君はそれを忘れてしまっただけのことだ。次は大丈夫。もう忘れない。君は私の認めた、一人前のプロデューサーだ。胸を張りたまえ」

「社長……ありがとうございます」

「なに、気にすることはない。それより、君がやるべきことはちゃんと分かっているね?」

36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 19:49:12.76 ID:8o3z3VDG0
 その問いかけに、大きな首肯で応えるプロデューサー。

「ええ。明日直接、響と話し合ってみます。今日は、本当にありがとうございました」

「うむ。……おや、ずいぶん話してしまったようだね。君もそろそろ、帰りたまえ」

「分かりました。では、失礼します。お疲れ様でした」

 つきものが落ちたような顔で、プロデューサーは事務所を後にした。誰もいなくなった事務所で、社長が一人、静かに呟いた。

「アイドルの気持ちを優先させるばかりではいけない……か。珍しく、お前に教わったことが役に立ったな……黒井」

37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 19:53:51.08 ID:8o3z3VDG0
 翌朝プロデューサーは、本来の早番の時間よりも一時間早く事務所に来ていた。もしも響よりも遅く来てしまっていては、響は先にスタジオに向かってしまう。

今日話すと決意した以上、ずるずると引き延ばすのは彼にとっても好ましいことではなかった。

「……よしっ、後は響を待つだけだな」

 一通りのやることを終えて、ゆっくりソファに腰掛ける。あとは響を待つだけだった。しかし、

「来ないな……」

 しばらく待っても、一向に響は現れる気配を見せない。もうそろそろ来てもいい時間ではあった。直接スタジオに向かってしまったのかと、少し不安になる。

39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 19:58:39.03 ID:8o3z3VDG0
「おはようございまーす……プロデューサー一人ですね」

「おはよう、律子」

「今日は響、いないんですね。もうスタジオに行ったとか?」

「いや……今日はまだ来てないんだ。もしかしたら、俺よりも早く来たのかもしれないな」

「そうですか……珍しいこともあるもんですね。最近は朝早く来た日には、必ず響がいましたから」

 そうしているうちに、小鳥、真、千早と、続々と到着してくる面々。時刻は既に11時を回り、響の営業の時間を意識しなければならなくなってくる。

「どうしたんでしょう、響ちゃん……家の電話も、携帯も反応がないし……」

 心配そうな顔をする小鳥。プロデューサーは、焦りを感じながらも、繰り返し連絡を試みる。それでも、響からの応答はなかった。

 そうして、移動の時間が迫り、本格的に焦り始めたころ。

41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 20:02:52.99 ID:8o3z3VDG0
「はいさい、プロデューサー! ちょっと寝坊して、遅れちゃったさー。急いで準備するから、待っててね!」

 そう言いながらドアを開けたのは、響。事務所に入る勢いをどうにか殺しながら、急いで支度を始めた。

「おっおい、響!?」

 慌てるプロデューサーをさておき、ものの数分もしないうちに支度を整える響。

「じゃあ、いってくるさー!」

 支度が終わるとまた急ぐように、事務所を飛び出そうとする。

「ちょっと待て、響! ……時間もあまりない。俺が送っていくよ」

 プロデューサーがそう言うと、なぜか響は少し困ったような顔をした。

「えっ……いいよ、自分足速いし。それに、プロデューサーにはまだ仕事が残ってるでしょ?」

 そんな初めての反応を怪訝に思うプロデューサーだったが、すぐに首を振ると、

「いや。これも立派な、プロデューサーの仕事だ。局の人に挨拶もしておきたいしな」

 そう言って、結局響と一緒にテレビ局まで向かったのだった。

42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 20:08:49.13 ID:8o3z3VDG0
 仕事が終わり、響とプロデューサーが事務所に戻る途中。プロデューサーは、一人難しい顔をしていた。

 その日、収録前後や楽屋の中で響はずっと無言だったのだ。必要なときにしか話そうとしない。

番組スタッフもどうしたのかと心配するほどで、最も響に近いプロデューサーが驚かないはずはなかった。

 しかし、この車が事務所に戻っては、響と話をする機会は残っていないだろう。響に無理をさせないためにも、どうしても今日話さなければならない。

何度目かわからない決意を固め、車を駐車場に停めると、プロデューサーは助手席に座る響に静かに話しかけた。

「……響」

「……何、プロデューサー」

 必要最低限の返答。響が会話を望まないことがよく分かる。しかし、ここでプロデューサーも引くわけにはいかない。

「すこし、大事な話がある。最近の、響の働きぶりの話だ」

 プロデューサーがの言葉に、響は誰の目にも分かるほど大きく反応をする。これから何を話されるのか、おおよその見当はついているのだろう。

43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 20:12:58.53 ID:8o3z3VDG0
「響が最近頑張ってるのは分かってる。でもな、最近俺は思うんだ。響、ちょっと最近無理をして――」

「プロデューサー!」

 わざと言葉に重ねるように、響の声が遮る。それは、ずっと活動を共にしてきたプロデューサーですら初めて聞くほどの、強い感情のこもった声だった。

「……響?」

「その話はちょっと、しないで欲しいぞ……」

 さっきとは打って変わって、消え入りそうな声で呟く響。それでもプロデューサーは話し続けた。

「……いや、そういうわけにはいかない。響、無理をしてるんだったら……」

44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 20:20:14.34 ID:8o3z3VDG0
「……っ!!」

 突然、響が車の扉を開いた。そして、プロデューサーが反応するよりも早く車から飛び出すと、響は一目散に走って行ってしまった。

「あっ、おい! ……くそ!」

 携帯を取り出して、素早く番号を打ち込む。

「もしもし、俺だ! 響が車を飛び出して、どこかに行ってしまったんだ!」

『えっ!? ちょっと、それどういうことですか、プロデューサー!』

「俺はこれから響を追うから、律子は今すぐ赤坂駅の駐車場まで車を取りに来てくれ! すまんが、頼むぞ!」

『えっ? えっ? だからどういう――』

 そこまで言って通話を終了すると、プロデューサーは先ほどの響と同じように、夜の街を全力でひた走るのだった。

45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 20:23:11.75 ID:8o3z3VDG0
 響は足が速い。今日本人が事務所で行っていたことだが、プロデューサーは今まさにそれを実感することとなっていた。

響が車を飛び出してから、追いかけ始めるまでにそこまで時間はかかっていない。それでも、複雑な都心部の道も相まって、ものの数十秒で、見事に響を見失ってしまったのだ。

「全く……一体どこ行ったんだ、あいつは……」

 闇雲に追いかけても仕方がない。一旦立ち止まって、考えてみる。

「そもそもあいつ、何で逃げ出したんだ……?」

 その日の響の言動を振り返ってみる。時間ぎりぎりの出社、必要最低限の会話、一定の話題に対する極端な拒絶。

46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 20:28:12.93 ID:8o3z3VDG0
 まるで、プロデューサーが話をしようとしていることを、初めから知っているかのようだった。

「……いや、そうか、そうだよな……」

 そこまで考えて、プロデューサーは頭を振る。そもそも、貴音との会話の直後、響は事務所に戻ってきていたではないか。

プロデューサーの意図を知らないという前提がはじめから間違っていることに気付くのに、そう時間はかからなかった。

 だとすれば、何故響はその話題を拒んだのか。そう考えれば、ある程度響の行き先は絞られる。

「候補が多いな……仕方ない」

 大体の行き先は分かった。息を大きく吸い込むと、再びプロデューサーは走り出したのだった。

47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 20:31:28.22 ID:8o3z3VDG0
 駅から少し離れた公園。あまり人通りはなく、広場の街灯だけが寂しそうに小さく光っている。響はそこで一人、黙々とダンスを繰り返していた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 全力疾走の後の本気のダンス。そうそう簡単なことではない。それも、数十分前まで収録をしていたのだから、響の疲労は察するに余りあるほどだった。

一通り踊り終えると、ベンチで息を整えるのもそこそこに、また踊りを始めようとする。街灯で照らされた響に、不意にぬっと影が差した。

「……やっと見つけたぞ、響」

「はぁっ、はぁっ……プ、プロデューサー……」

 即座に立ち上がり、逃げ出そうとする響。

50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 20:36:31.45 ID:8o3z3VDG0
「そんなに疲れてるんじゃ、さすがに俺でも追いつくぞ。いったん落ち着け」

 それをなだめて再びベンチに座らせると、プロデューサーも響の横に腰掛けた。そして、響の呼吸が落ち着くのを見計らって、ゆっくりと切り出した。

「……俺と貴音の話、聞いていたんだな?」

 静かにうなずく響。それを見て、プロデューサーは事の顛末を確信した。

「それで、無理をしている自覚はあったけど、それを止められたくなくて、俺と話さないようにした……と。でも、一つだけわからないことがある。

 どうして、いきなりそんな無理をしようとしたんだ?」

51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 20:40:23.23 ID:8o3z3VDG0
「だって……自分は、カンペキじゃないから……」

「え?」

「自分、この前のダンスで真に全然ついていけなかったんだ……。考えてみたら、歌だって千早には全然敵わないし、スタイルだって美希には勝てない。

 そんなんじゃ、全然カンペキなんかじゃないなって思って。だから、ずっと必死で練習してたんだ。歌もダンスもビジュアルも、カンペキになるためにね」

「響……」

「自分、ちょっとはカンペキに近づけたかな? まだ全然かもしれないけど、このまま頑張ればいつかホントにカンペキになれると思うんだ。

 だから、プロデューサーも分かって欲しいぞ……って、いたっ!?」

 響が言葉を切って額を抑える。プロデューサーが、いわゆるデコピンの姿勢で笑っていた。

52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 20:45:24.08 ID:8o3z3VDG0
「なにするんだよ、プロデューサー! 痛かったぞー!」

「まったく……響がおバカだから、お仕置きしたんだよ」

 手を額に乗せたまま、むきになる響。

「自分、バカじゃないぞ!」

「いや、おバカだ。……あのな、響。全部カンペキな人間なんて、いるわけないんだぞ。

 みんな、得意分野があるんだ。響がダンスが得意なのは知ってるし、それで真に負けたのが悔しくて練習するのも分かる。

 でもな、なにからなにまでカンペキになろうとすることはないんだ」

「で、でも……」

「みんな得意なところで、お互いにフォローしあってるんだよ。あんまり響がカンペキだと、俺たちの仕事がなくなっちゃうだろ?」

54: 訂正です 投稿日:2012/10/10(水) 20:52:16.42 ID:8o3z3VDG0
「なにするんだよ、プロデューサー! 痛かったぞー!」

「まったく……響がおバカだから、お仕置きしたんだよ」

 手を額に乗せたまま、むきになる響。

「自分、バカじゃないぞ!」

「いや、おバカだ。……あのな、響。全部カンペキな人間なんて、いるわけないんだぞ。

 みんな、得意分野があるんだ。響がダンスが得意なのは知ってるし、それで真に負けたのが悔しくて練習するのも分かる。

 でもな、なにからなにまでカンペキになろうとすることはないんだ」

「で、でも……」

「みんな得意なところで、お互いにフォローしあってるんだよ。あんまり響がカンペキだと、俺たちの仕事がなくなっちゃうだろ? 響だけじゃない。

 カンペキな人がいないから、助け合って生きていくんだ」

55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 20:52:53.69 ID:8o3z3VDG0
「あ……言われてみれば、そうかもしれないな……確かに自分、ちょっとおバカだったかも……」

 少し暴走してしまったことを察し、小さくなる響。プロデューサーは、その頭に優しく手をのせた。

「あっ……」

「だから、俺にも仕事をさせてくれよ。響がカンペキじゃなくても、俺がちゃんとフォローするから。……それじゃ、ダメか?」

「う、うん……分かった。じゃあ、二人でカンペキになってくれる?」

「ああ。約束だ」

 頭に乗せた手で、髪をくしけずる。響は少し慌てた後、気持ちよさそうに目を細めた。

「じゃあ、もう無理はしないぞ。プロデューサーの言うとおりにする。約束、だぞ」

 誰もいない公園の中。二人はゆっくりとした時間が流れるのを、しばらく楽しんだ。

57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 20:58:12.70 ID:8o3z3VDG0
 二人で事務所に戻ると、律子が仁王立ちして待っていた。

「お帰りなさい、二人とも……」

 その様子に、尋常ならざるものを感じて後ずさる二人。

「あ、ああ……ただいま、律子」

「ただいまだぞ……」

 その言葉を聞いた途端、きっと二人を睨みつける律子。その目には、うっすらと涙がにじんでいた。

「ただいまじゃないでしょ! こんなに遅くまで連絡もしないで! これで事故だったらどうするつもりだったのか……ほんとにもう、これっ限りにしてもらいますからね!」

 途中から怒りがしぼんでしまう律子。その様子から、どれだけ心配してくれていたかが二人に伝わる。そんな律子を見てなんとなく安心してしまい、二人は同時に吹きだした。

60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 21:04:03.11 ID:8o3z3VDG0
「ちょっと、何笑ってるのよ! こっちがどんな気持ちで待ってたと思って……ああもう、プロデューサーまで……」

 律子は、彼女にしては珍しいことにむくれて部屋の奥に入って行ってしまった。プロデューサーはそのまま、社長の机まで向かう。

「おお、お帰り。その様子だと、ちゃんと話ができたようだね」

「はい。これも全部、社長が喝を入れてくださったおかげです。本当に、ありがとうございました」

「いやいや、何を言っているんだね。我那覇君のために奔走し、彼女を助けてあげたのは君だ。よくやってくれた」

 それだけ言うと、社長は笑いながら社長室まで入っていった。その後ろ姿に、プロデューサーは深く頭を下げた。

62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 21:10:08.10 ID:8o3z3VDG0
「ん? プロデューサー、社長と話してたのか?」

「ああ。随分世話になったからな。そのお礼を言ってたんだよ」

「ふーん……ねぇねぇプロデューサー、そんなことよりちょっとそこに座って待ってて!」

「え? ああ……」

 プロデューサーを半ば強引にソファに座らせる響。何かあるのだろうかと訝しがりながらもプロデューサーが待っていると、

彼にとって見慣れない服を身に纏った響が、少しはにかみながら現れた。

64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 21:14:55.56 ID:8o3z3VDG0
「あ、響……その服は、新しいやつなのか?」

「う、うん……それで、どう、かな……? 似合う……?」

「ああ、とっても似合ってる。かわいいぞ」

「ホッ、ホント!? ちょっと前に買ったんだけど、気付いたら事務所に置きっぱなしにしちゃってて……」

 その言葉を聞いて、響はぱっと花が咲いたように笑う。そして、今まで見たことも無いような優しい顔をした。

「そうだ、プロデューサー……ちょっとそこでじっとしてて」

「えっ?」

65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 21:20:27.17 ID:8o3z3VDG0
 次の瞬間、彼を包む小さな温もり。太陽の香り。柔らかな感触。響に抱きしめられたのだと彼が気付くのに、そう長くはかからなかった。

「お、おい、響?」

「プロデューサー、今日はありがと。とっても嬉しかった。……かなさんどー」

「かな……なんだって?」

「いつか、自分がもっと大きくなったら教えてあげる。でも、それまでは内緒だぞ。ふふふっ」

 そう言ってプロデューサーから離れる響。ほんのりと頬を赤らめて、事務所を出ていった。

「青春ですねぇ……」

 何やら悟ったような顔で呟く小鳥。プロデューサーだけが一人、不思議そうな顔をしていた。

67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 21:24:25.14 ID:8o3z3VDG0
 プロデューサーと響が公園で約束をしてから、数週間が経過した。響がレッスンにより真剣に取り組むようになり、

また、仕事が来るようにとプロデューサーが各所に手を回した結果、響に入る仕事は今までよりも目に見えて多くなっていた。

 その日、響は新曲に向けてのダンスレッスンを受けていた。もちろん真も一緒である。

「ワン、ツー、スリー、フォー、ステップ、ターン、前に出て!」

 レッスンはつつがなく進行し、例の部分にさしかかる。しかし響は、至って冷静だった。あの時のように身体に力が入るが、それも一瞬。

頭の中に、プロデューサーの顔を思い浮かべる。

 ――大丈夫。あんなに練習したんだし。それに自分にはプロデューサーがいる。なんくるないさー。

69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 21:28:47.15 ID:8o3z3VDG0
 そうして、一連のダンスが終わる。と同時に、真が響のもとにかけ寄った。

「今の、かなりいい感じだったよね! 響の動きがすごくて、ビックリしたよ!」

「真だって、バッチリだったさー! 自分、最近あんまり事務所にいなかったけど、真もずっと頑張ってたんだな! 前よりもずっとキレがあったぞ!」

「いや、ボクより響だよ。ホントに今回の響はカンペキだった!」

 その言葉を聞くと、響は何かを懐かしむように、小さく笑った。

「いや、自分はカンペキなんかじゃないぞ」

70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 21:33:28.81 ID:8o3z3VDG0
「えぇっ!?」

 思わず耳を疑う真。無理もないことだ。響はいつだって自信に満ち溢れていた。そんなことを言う響など、真は今まで一度も見たことがなかった。

「一体どうしたんだよ、響? なんだかいつもと違うみたいだけど……」

「いや、自分はいつでもいつも通りだよ。自分のダンスは、カンペキなんかじゃないぞ。でも、」

 一旦言葉を切って、もう一度笑う響。

「でも、真と一緒に踊れば、二人でカンペキさー!」

 今度こそ、自信たっぷりにそう答える響。その様子に驚きながらも、真は不思議と嬉しくなってくるのを感じた。

「……ふふっ、そっか、そうだよね! よし、二人でカンペキになるよ、響!」

「おー! 真には負けないぞ!」

 響の決意は、まだ小さなものだけれど。それは少しずつ、しかし確実に『カンペキ』を目指して進んでいた。

71: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 投稿日:2012/10/10(水) 21:34:37.59 ID:8o3z3VDG0
これでssは終わりです。
付き合ってくれた方、ありがとうございました

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