【四条貴音SS】貴音「わたくしが、わたくしと、わたくしの、わたくし」

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/24 01:04:43 ID:DOXIA00r0
「貴音!」

振り向くと見慣れた男。
手には、箱。

「誕生日だったよな? 遅れてごめん、おめでとう!」

差し出されるままに受け取る。
華やかな紙に包まれ、その上から可愛らしい帯で結んであった。
中身は窺い知れない。

「色々迷ったんだけど……とにかく開けてみてくれ」

帯を解き、包装紙を丁寧に取り払い蓋を開けた。

「これは……」
「どうかな?」
「まこと、趣味のよい一品かと」

懐中時計。
手に伝わる重みが質の良さを物語っている。
装飾も銀の輝きに相応しい、素朴な美しさ。
好みだった。

5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/24 01:17:05 ID:DOXIA00r0
「ありがとうございます、この品は大切に」
「うん、使ってあげてくれ。喜んでもらえたようで良かったよ」

チャラリ。
音を立てる鎖も耳触り良く。

「時間を聞いても?」
「あ、そうだな。俺のは電波時計だから正確だぞ」
「では、失礼します」

針を合わせる。

「動くでしょうか?」
「買ってきたばかりだ、動くよ」

螺子を巻く。
キリ、キリ。
キリ、キリ。

「……あ」
「……あ」

秒針は前へ進もうと震えるばかりで、1秒も刻めなかった。

7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/24 01:24:27 ID:DOXIA00r0
「駄目だな、俺にはちょっと手に負えない」
「なんと」

壊れているらしかった。
謝る男を落ち着かせ、二人並んで革張りの長椅子に腰を落ち着けた。

「ごめん」
「謝ることなど」
「……」
「……」
「……ごめん」

机に置かれた懐中時計を見つめる。
壊れた機械。
前へ進めない秒針。
役立たずの時計。

「わたくしは」
「?」
「わたくしには、お似合いかも知れません」
「……貴音?」
「お茶を淹れましょう、それからお話をしましょう」
「う、ん」

9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/24 01:33:17 ID:DOXIA00r0
「民を導くなど、わたくしには荷が勝ち過ぎていたのでしょう」

くにの話。
いもうとの話。
自分自身の話。

「役立たず、と。そう言われたように思いました」

アイドルの頂点を勝ち取り、民を勇気付ける、心を希望へ導く。
目的を失い、手を付けていた手段を惰性のま続けているいまの話。

「一歩を踏み出せないまま、どうしていいか分からずに右往左往……あの針はわたくしです」

ガラスの内側で震える秒針。

11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/24 01:54:58 ID:DOXIA00r0
「貴音は、よくやってる。お役目だとか、そういう深い事情は分からないけど……惰性で上を目指せる程甘い業界じゃないよ」
「……」
「自信、持てないか?」
「はい」

自分はどうなるのだろうか。
手段が続く内はまだいい、考えないようにしていられる。
……トップアイドル。
辿り着いた先で、何を指標にすればいいのか。
導くべき民はいない。
分からない。
役目は、目的は与えられるものだった。
与えられた役目を果たす、その為に生きてきた。
その為に生きていくと思っていた。
妹、可愛い妹。
役目は彼女に引き継がれた。
任を外れた己は、何の為に生きていくのか。

「……っ」

漠然とした不安に指先が震える。
成すべきことの分からない自分。
世間をまるで知らない自分。
ただ震えるだけの自分。
秒針だと思った。

16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/24 02:33:10 ID:DOXIA00r0
「きっと、簡単な故障だよ。何かが挟まってるとか、何かがずれてるとか。原因さえ分かれば、すぐに何とか出来るような」

隣を見ると、茶を啜っていた。

「もう少し、真剣に……!」
「貴音」
「っ、は、い」
「お茶、冷めるぞ」

湯気立ち上る湯呑み。
二人並んで、茶を啜った。

「貴音があの時計の針なら、俺は時計屋さんなんだよ。おかしな所を見つけて、それを直すのがお仕事」
「……」
「ただ超能力があるわけじゃないからな。外から眺めてるだけじゃどうしようも出来ない」

湯呑みを持った手が温かい。
湯気で白く染まった視界に、男の声が響く。

「少しだけ、内側を見せて欲しい。隠したいことだってあるだろうから、少しだけ」
「……話せることは、先ほど全て」
「まだ貴音がどうしたいかを聞いてない」

どうしたいか。
分からないから、悩んでいる。

「簡単な所から考えていこう。貴音は元のお役目に戻りたいのか、妹さんとは別のお役目が欲しいのか」
「……分かりません」
「それとも、自分で全部決められるようになりたいのか」
「……」

19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/24 03:01:30 ID:DOXIA00r0
役目を自分で決め、目標を自分で決め、成すべきことを自分で決める。

「どう?」
「……到底、出来ません」
「出来るかどうかの話はしてないよ、どうしたい? どうなりたい? 理想でいいんだよ」
「……」

明確な自己を持った自分。
なれるなら、なりたい。
多分、ずっとなりたかった自分。

「うん、じゃあ今日から貴音の目標は自分を持つことと、トップアイドルになることだ。うん、問題解決」
「えっ」
「えっじゃない、なってもらわないと困る」

困る様子もなく、茶を啜っていた。

「いえ、そうではなく問題は何一つ解決など」
「? しっかりと自分を持つ、で解決しただろ」
「あの、何を言っているのか分かりかねます」
「だから『何の為に生きるのか分かりません』だったのが、『自分を持つ事に人生を費やします』になって解決じゃないか」
「それは当面の目標であって、人生を費やすというのは余りにも」
「余りにも大仰? そういうこと言うのは自分を持ってからにしよう。震えるほどの悩みごとだったんだ、人生賭けるぐらいじゃないと」
「しかし、やはり」
「貴音は頑固だなあ、気づいてないだけで結構自分、持ってるんじゃないの?」
「そのようなことは」
「ないなら、頑張って持てるようにならないとな。人生賭けるぐらいで」
「ですから」
「貴音、このままだと延々言い合いだぞ?」
「……あなた様は、いけずです」

21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/24 03:25:09 ID:DOXIA00r0
「ところで、わたくしの問題は解決したとしてもこの時計はどうするのですか?」
「時計屋さんに持っていくよ。素人が下手に触っても壊すだけだと思うし」

目を落とす。
未だ、震えたままの秒針。
何度揺れても十二時から動けない針。

「あの、記念にこのままにしてはおけませんか?」
「記念?」
「はい、わたくしが一歩を踏み出せた記念に」
「んー……」

何度目かの茶を啜る音。
空いた手が、懐中時計を弄ぶ。

「いや、やっぱり修理に出すよ。折角の誕生日プレゼントだしちゃんとしたのを」

しまい込もうとする手を掴んだ。
温かく、力強い手。
手を伸ばせば必ず差し伸べてくれる手。

「いえ、今のままがぷれぜんとには最適かと」
「でも壊れてるし」
「今のままが良いのです。このままでは延々言い合いですよ」
「ちょ、貴音そんなに引っ張ったら危な」

言い合いながら、手が手を掴む。
そうして、長椅子ごとひっくり返った。

22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/24 03:35:11 ID:DOXIA00r0
目の前に、銀の鈍い光。
懐中時計。
恐らくは互いの手からすり抜け、床へ。
衝撃で開いた蓋の下。
ガラスの天蓋、その更に奥。

「なんと」

震えてばかりで動けなかった面影はなく。
役立たずなどと誰にも呼ばせない威厳を持って。

「面妖な」

秒針は、規則正しく時を刻んでいた。

「あれ、動いてる?」
「はい」
「あー」
「ええ」

顔を見合わせて、笑いあった。

23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/01/24 03:53:31 ID:DOXIA00r0
日も落ちた公園。
街灯の下を、並んで歩く。

「動けない自分の戒めに、と思ったのですが」
「ポジティブに考えよう。貴音は今日その時計と一緒に一歩を踏み出した、とか」
「……案外、ろまんちすとなのですね」

針が手の内で時を刻む。
いずれは、こんな風に堂々と。

「自分を持つ心構えなどは、教えて頂けないのですか?」
「心構えか。うーん、意識したことないから教えられないよ。ごめんな」
「いえ、良いのです。ならばやはり、生を賭して探求する他ないようですね……この時計と共に、歩んでいくとしましょう」

蓋を閉じ、鞄へしまい込んだ。
空は、新月。
微かに星が瞬いた。

終わり

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