【岡崎泰葉SS】岡崎泰葉「またひとつ、花は咲く」

1:だりやすかれんだよー  ◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 12:55:21.42 ID:zuGZt37lO

――音が止んだ、その一瞬。

眼前に広がるのは無数の星。頭上から差すのは熱い月明かり。

どくどくと、胸が早鐘を打つ。体の内側から熱があふれて、額と頬を伝う汗も止まらない。

すぐ隣に立つふたつの荒い息遣いは、それでもきっと満面の笑みを浮かべているはず。

だから私も負けないように、笑顔を。

――その瞬間、時間が動き出した。

2:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 12:59:00.36 ID:zuGZt37lO

瞬く星の歓声が、まあるい月に照らされた3つの影を貫く。

滴る汗を気にも留めず、深く深く礼。

鳴り止まない拍手喝采を全身で感じて、思わず視界が歪む。

涙をこらえ顔を上げ、なおも揺らめく星々をしっかと見つめた。

星もまた、笑顔でいっぱい。手を振って応えながら、ちらりと横を見る。

歯を見せ、目を細めて。彼女たちは私と同じように、顔をくしゃくしゃにして笑っていた。

3:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:01:05.19 ID:zuGZt37lO

手を繋いで。顔を見合わせ。うなずいて。

大きく息を吸って。

最後の気力を振り絞り、ありったけの感謝の気持ちを、声に乗せた。

「「「ありがとうございました――!!」」」

――今日も最高のステージが幕を下ろす。

次の舞台でも、どうかまた……笑顔と夢の花を咲かせられますように。

―――

――

4:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:04:15.54 ID:zuGZt37lO

――へとへとになった体にムチを打って、楽屋で帰り支度。

ライブの総評やスタッフさんとの挨拶を済ませていたら、すっかり日も落ちていた。

急いでメイクを落とし、着替えて荷物をまとめる。

「泰葉、いつも以上に張り切ってたね。すごかったよ、今日。うんっ、ロックだった!」

「今日のライブは泰葉中心のセトリだったからねー。気合いの入り方も違ったでしょ?」

「ふふっ、2人がサポートしてくれたから上手くいったの。どうもありがとう」

そんな雑談も、ライブの醍醐味で。すべてが楽しかった。

5:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:06:04.87 ID:zuGZt37lO

―――

楽しい、なんて。

いったいいつ、どこで忘れてきたんだろう。

探そうにも、大人は先に進むことを強いてきた。

振り返る暇も与えられず、与えられるのは新しいお仕事だけだった。

そうして、いつの間にか置き去りにしてきてしまった。

『誰かを笑顔にしてあげたい』。ただそれだけの、純粋な想いを。

―――

6:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:09:08.49 ID:zuGZt37lO

「――今日はどうする? 家まで送ってこうか?」

「んー、今日は大丈夫です。なんとなく、3人で帰りたいんで」

「ん、分かった。……寄り道はするなよ?」

「したくてもできないよ、私もうへろへろ……」

バッグになんとか私物を詰め込んでいると、そんな会話が聞こえてきた。

うん、たまにはゆっくり3人で。なにを話しながら帰ろうかな。

楽しみ。

7:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:12:03.16 ID:zuGZt37lO

「それじゃ、お疲れさまでした。今日はよく頑張ったな、3人とも!」

出口でそんなふうに言って、私たちの頭をぽふぽふと撫でる彼。

いつもそう。

もう子どもじゃないのに。そう言っても聞かないけれど。

ねぇ、そうでしょ2人とも……って。

ああ、そんなに顔をふにゃふにゃにして……。ファンの方にこんなところを見られたらどうするの?

……私もだよね、うん。分かってるけど顔が緩んじゃう。し、仕方ないでしょう?

8:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:14:36.63 ID:zuGZt37lO

―――

もう10年以上も前。

初めてのお仕事を終えて、見守ってくれていた両親の元へ真っ先に駆け寄った。

よく頑張ったね、って。

にっこり笑って、優しく優しく、何度も撫でてくれた。

その笑顔が、大好きだった。

この笑顔のために頑張ろうと、幼心に決意したあの日は……もう遠い。

その決意を忘れてしまったのは、いつの頃だったのか。

―――

9:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:17:00.73 ID:zuGZt37lO

「――今度はどんなステージにしよっか。次はもっと派手にかっこよく決めたいよね」

「もう次のこと? はぁ、気が早いっていうか……。派手にって具体的には?」

「うーん、ライブ中に花火打ち上げるとか?」

「えー、火ぃ使うって危なくない?」

がたんごとん、がたんごとん。電車の不規則な揺れを感じながら、2人の会話に耳を傾ける。

ざわめく車内では、他の人には聞こえるか聞こえないか分からないような声量だけど。

私たちにはこれくらいで充分。

10:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:19:58.22 ID:zuGZt37lO

乗客はそれなり。たとえば仕事終わりのサラリーマン、たとえば部活帰りの学生、たとえば手を繋いだ親子。

その中にひっそり混じる、アイドル3人。

バレたことは一度もない。バレないような方法を2人にも教えたから。

芸能界で生きる術を、誰かに教える日がくるなんて思いもしなかった。

他にもいろいろ。私が長年培ってきたことは、できるだけ彼女たちにも伝えた。

私にはそれくらいしかできないから。

この子のように天性のリズム感を持っているわけでも。

この子のように美しい歌声を持っているわけでもない。

私にあるのは、今までの経験だけ。特別なものなんて、なにもない。

11:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:22:08.41 ID:zuGZt37lO

それでも、あなたたちは。

「――泰葉? どうしたの、疲れちゃった?」

「ぐ、具合でも悪いのっ?」

じっと黙っていたら、顔を覗きこまれた。不思議そうにしてる顔と、焦ったような顔。

「ううん、大丈夫。心配しないで」

「ほんと? ほんとに平気っ?」

「焦りすぎだよ加蓮……泰葉が大丈夫って言ってるんだから。ね?」

「うん。ふふっ、ありがとう」

それでもあなたたちは、こんな私を大切にしてくれる。

12:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:25:02.57 ID:zuGZt37lO

―――

次々とお仕事が舞い込む。

それは、『岡崎泰葉』の評判が良いからなのか。

それとも、『使い勝手の良い子役』だからか。

……おそらく、後者だった。少なくとも現場では。

それこそ、子役なんて掃いて捨てるほどの人材がいるわけで。

どうして私が選ばれたのか。聞き分けの良い子だったから? 作り笑いが上手だったから?

本当の笑顔は忘れて、大人の言うことをただただ聞くだけの日々。

――あの頃の私は間違いなく、自分の意思を持たないお人形だった。

―――

13:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:27:03.88 ID:zuGZt37lO

「――それじゃ、私たち次の駅だから」

「あー……立ってるの疲れたぁ。李衣菜、おんぶ」

「やだよ。ホームで寝たら? また明日ね、泰葉♪」

「私の扱い雑じゃない? ねぇねぇ雑じゃない?」

電車に揺られて数十分。お別れが近づいてきた。

彼女たちはまた、別々の電車に乗り換えて家路につく。

14:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:29:38.71 ID:zuGZt37lO

これはもう、いつものこと。お別れは必ずやってくる。

でも、不思議と寂しくはない。

また明日。……そう言ってくれるから。

明日会えなくても、また今度、って。

1週間も会えないときだってある。それぞれのお仕事が増えてきた証拠。

なかなか会えない、そんなときは……決まってメッセージが飛んでくる。

『ね、泊まりに行っていい?』

『夜更かししよ、夜更かし♪』

――そういうときの私は、にやける顔を隠そうともせず。

『もちろん。待ってるね』

これもまた、いつものこと。

15:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:32:36.00 ID:zuGZt37lO

―――

円滑にお仕事をこなすため、都会に出てきて一人暮らしを始めたのはいつだったか。

両親には反対されたけど、どうせ別れを惜しむ友人らしい友人もいない。

家にいる時間も少ないなら、どこで暮らそうが同じだった。

それくらい、周りに対して興味を失っていたのだと思う。

いざ一人暮らしを始めても、大して生活は変わらなかった。

なんだ、こんなものか。

殺風景な部屋にぽつんと佇む、あのときの私の目は……きっと、ひどく濁っていた。

―――

16:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:35:08.57 ID:zuGZt37lO

ぷしゅ、と、電車が止まる。2人が振り向く。

「今度、今日のライブの打ち上げしよっ。もちろん泰葉の家で♪」

「お、いいね♪ 料理なら任せてよ」

「うん、よろしくね。それじゃあ――」

ドアが開き、ざわざわと黒山がホームへ降りていく。

「「「またね」」」

一段と騒がしくなった車内でも、口の動きで分かった。

こんなところでシンクロして、ぷっと吹き出す。……3人同時に。

それがおかしくて、また笑い合った。

17:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:37:01.80 ID:zuGZt37lO

――ドア越しに手を振ってくれている。

私も小さく振り返し、離れていく親友たちの顔を見つめた。

やがて見えなくなり、徐々に加速していく。

ふぅ、と息をついて、流れていく景色を眺める。

……前言撤回。やっぱり、ひとりは寂しい。

引き止めて、そのまま泊まりに来て、とわがままを言っても良かったかな。

いくらなんでも寂しがりすぎだと、笑われるかな。

ううん……笑われてもいいや。

そう思えるくらい、大好きなんだと実感する。

18:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:39:55.89 ID:zuGZt37lO

携帯を取り出し、ロックを解除する。

待ち受け画面には、ライブの後に撮った写真が表示されていた。

毎回、ステージを降りた直後に撮影している。

汗まみれで、疲労も滲んでいる顔。でも、最高の笑顔。

きらびやかな衣装に身を包んだ私たち。

ライブTシャツ(決まって蛍光緑色)を着ているアシスタントさん。

そして、ネクタイをしっかり締めた、スーツの男性。

愛おしい人たちが、画面の中で幸せそうに笑っている。

――気づけば寂しさは、どこかへ行ってしまっていた。

19:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:41:29.13 ID:zuGZt37lO

―――

私の運命を変えた日。

暗くなった収録スタジオで、独り考えていた。

たまたま共演した名も知らないアイドル。どうしてあそこまで笑顔でいられるのか、分からなかった。

私だって作り笑いなら得意だ。誰にも負けるわけがない。何年も何年も笑顔を貼り付けてきた。

……あのアイドルたちは、作り笑いだったのだろうか。

私には、あんな笑顔はできなかった。

あんな本当の笑い方、とうに忘れていた。

20:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:43:18.72 ID:zuGZt37lO

もう、無理かな。

いい加減私にも消費期限が来る頃。むしろ、こんな小娘がよく10年も芸能界に身を置けたものだ。

潔く荷物をまとめて実家に帰ろうか。お母さんもお父さんも、なんて言うだろう。

おかえり、って言ってくれるかな。

それとも今さら帰ってきたのか、って呆れるかな。

……なんでもいい。どうせ私にはもう、なにも残ってない。

いや。残ったのは、後悔か。

21:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:45:37.66 ID:zuGZt37lO

私はなにがしたかったの?

なんのために、誰のためにお仕事を頑張ってたんだっけ?

思い出せない。

遠い過去の記憶は、煩雑で慈悲のない現実によって掠れ切ってしまった。

記憶の欠片を拾い集めるには、遅すぎた。もう取り戻せないんだ。

そう思って、すべてを諦めようとした……そのときだった。

「えっと、少しいいですか……?」

――スーツ姿の彼の、遠慮がちな声は……今も覚えている。

―――

22:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:48:41.96 ID:zuGZt37lO

――改札を通り駅を出て、てくてくと夜道を歩く。

ひと気もなく、いつもなら頼りない街灯がちらちらと照らすだけの静かな道。

でも今日は、月と星が輝いて明るかった。

雲ひとつない黒に浮かぶ、まあるい月。

それはまるで、体を熱く照らすスポットライト。

きらきらと視界いっぱいに踊る、無数の星。

それはまるで、リズムに合わせて揺れるペンライト。

ステージの上かと見紛う、綺麗な夜空だった。

23:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:51:15.84 ID:zuGZt37lO

歩道橋を渡る。もうすぐお家。

より一層夜空に近づけた気がして、ふと橋の途中で足を止めた。

大きな大きな満月。手を伸ばしてかざしてみた。

背伸びしたらなんだか、届きそうな。そんな気持ちになれたから。

月明かりを掴むように拳を握り、そのまま胸に当てる。

そして、出会って間もなかった頃の彼に言われたことを思い出す。

――岡崎さん。……君が歩んできたみちは、なにも間違ってない。決して忘れないでくれ。

思い出して、涙が滲む。月が歪む。

その言葉が、私の胸に……再び命の火を灯してくれた。

24:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:54:46.04 ID:zuGZt37lO

「――小さな、光を。胸に抱いて……」

震える声で、今日のワンフレーズを歌う。

そうだ。

ちらばった星屑たちから、私を拾い上げてくれた。別の星に出会わせてくれた。

振り向けば、たくさんのつぼみが美しく花開いていた。私が気づかなかっただけ。

昔から応援してくれていた人たち。今の私を応援してくれる人たち。

みんなみんな、ひとつひとつが綺麗な花だった。

25:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:56:20.70 ID:zuGZt37lO

色とりどりの花畑は、まだまだ数を増やしていく。

今日もまたひとつ。

きっと明日も、またひとつ。

そうやって、私は……私たちは、夢を現実に描いていく。

この先もずっと。

26:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 13:58:05.00 ID:zuGZt37lO

歪んだ月は元通り。変わらず私を照らしてくれている。

こんなにくっきりと見えるんだから、明日はきっと快晴でしょう。

明日の青空に思いを馳せて、足取り軽く歩きだす。

月も笑ってくれている気がした。

―――

――

27:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 14:01:46.38 ID:zuGZt37lO

――朝。

思った通りの快晴。窓を開けて、爽やかな風を肌で感じる。

「いい天気」

大きく伸びをして、深呼吸。さぁ、今日もまた楽しい1日にしよう。

壁に掛けてあるコルクボードに目をやり、さっそく印刷して飾った昨日の写真を見て。

いつの間にか3人の物であふれてる部屋を見渡し、一声。

「――いってきますっ」

28:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 14:04:02.26 ID:zuGZt37lO

朝ご飯は、あの子が好きなファストフード。

朝が苦手なあの子を待って、3人で。

当たり前になってきた日々。今度こそ忘れないようにしなきゃ。

私は、大切な『君』を笑顔にするために、アイドルになったんだって。

今まで出会った『君』。

これから出会う『君』。

隣に並び、競い合い高め合う『君』。

いつも優しく見守ってくれる『君』。

私を愛してくれる、すべての『君』のために。

29:◆5F5enKB7wjS6:2016/05/07(土) 14:05:49.48 ID:zuGZt37lO

だから、今日も。

『君』と一緒に。

――この青空へ、希望の種を!

おわり

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