【緒方智絵里SS】智絵里「アイネクライネ」 

1 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:27:28.37 :jcjK0Bse0

デレステ個人コミュ準拠。

2 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:28:31.54 :jcjK0Bse0

誰もいない、家の中。わたしは一人、ベッドに腰掛けて文庫本のページをめくります。

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない。

本屋さんで、かわいい表紙とタイトルに惹かれて買った本……
その中に出てくる、わたしよりも年下の女の子たちは、わたしよりも、ずっと強くて。

最後のページを閉じた後、わたしはベッドに倒れこみました。
カーテンを閉めきった部屋の中で、ぼんやりと天井を眺めて……
寝返りをうつと、つ……とぬるい液体がひとしずく、枕カバーへと落ちました。

4 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:29:39.57 :jcjK0Bse0

わたしは、ひとりぼっちでした。

こんな性格だから、そんなことになってしまったのか。
ずっとそんな調子だったから、今みたいな性格になってしまったのか……
それはわたし自身にも、今となっては正解は分かりません。

お母さんが、わたしを見捨てて姿を消して。
お父さんが、新しいお母さんを連れて来て。
その人は、わたしを認識してくれなくて。

まるでシンデレラのお話みたい……と思ったこともありましたけど、
わたしの部屋にはネズミさんも、小鳥さんもいません。
そもそも、わたしはシンデレラみたいな、物語の主役には向いていませんし……。

5 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:30:47.01 :jcjK0Bse0

わたしは……わたしはただ、いい子になりたかったんです

褒めてもらいたかった、とかではなくて。
叱られたり、手を上げられたり、そういうことのないような。

手のかからない、いい子。都合のいい子。
いてもいなくても変わらない、空気のような存在。

たとえ、わたしのことを見てくれないとしても。
わたしはもう、わたしの存在を、否定されたくなかったんです。

もう二度と、誰かに見捨てられたくなかったんです。

6 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:31:27.88 :jcjK0Bse0

だから……わたしは、誰も期待しないような子になろうとしていました。

砂糖菓子の弾丸も、実弾も撃たず。

現実と戦うことを拒否して……
わたしは砂糖菓子とクローバーでできたシェルターの中で、立てこもりを続けていました。

全てが終わるのを、じっと待っていました。

7 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:32:24.57 :jcjK0Bse0

ずっとそんな風だったから……
あの時の私はきっと、どうかしていた……んだと、思います。
もしかしたら、わたしなりの反抗期、だったのかもしれません。

学校の他の女の子たちが、髪を染めたり、スカートを短くしたり。
髪を染めたり……大勢の男の子と付き合ったり。

そんなことをするように、わたしは自分で考えた、悪い考えを実行に移したんです。

8 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:33:45.25 :jcjK0Bse0

幼い頃に見たテレビ番組。まだ優しかった両親。
ラジオで流れていたコマーシャル。
砂糖菓子の、弾丸。

携帯で、公式サイトを確認しました。
まるで泥棒でもするみたいに、履歴書をレジに持って行きました。
こっそりと証明写真のブースに入って、顔写真を撮影しました。

なれるわけない、けれど。
心の底から、なりたいと思ったわけでも、ないけれど。

どうせ見向きもされないなら、誰にも怒られることもないのなら……
ほんの少しだけ、夢を見てもいいのかもしれない。

そんなことを考えながら、何度も深呼吸をして。
わたしは、書類の欄を埋めていきました。

震える手で封筒に入れ。
剥がれ落ちて無関係の人が見てしまわないように、しっかりと糊づけをしました。

9 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:34:59.33 :jcjK0Bse0

次の日の朝。
少しだけ早めに家を出て、通学路の途中……
人通りの少ない道に置かれている郵便ポストの前で、わたしは立ち止まりました。

右を見て、左を見て、もう一度右を見て。

誰もいないのを確認して。
一緒に持ってきたクローバーの栞を握りしめ、わたしは大きく息を吐きました。

慎重にカバンから封筒を取り出し、もう一度だけ宛名を確認して。
わたしはそれを、郵便ポストに入れます。

深呼吸をすると、心臓がバクバクと音を鳴らしているのが、はっきりと分かりました。

10 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:35:41.64 :jcjK0Bse0

ああ……これで。

これでわたしに、もう思い残すことはありませんでした。

11 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:37:08.64 :jcjK0Bse0

わたしの中の、ありったけの勇気を振り絞って。
わたしは、砂糖菓子の弾丸を撃ちました。

それはきっと、誰に当たるということも、何かを壊すということもないけれど……
そんな勇気がわたしの中にあったという事実だけで、わたしにとっては十分でした。

その事実があれば。
わたしはこれから死んでしまうまでの時間、心の支えを持って生きていける、そう思いました。

誰もわたしを見ていなくても、誰もわたしに何かを期待をしなくても。
わたしはこの立てこもりを続けていける。

誰の居場所も奪わずに。石ころみたいに。

世界は何事もなく時計を動かしていたけれど、わたしにとってその日は、記念すべき一日でした。

12 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:37:40.52 :jcjK0Bse0

だから……

二次審査、オーディションの開催日時を知らせる手紙がわたし宛に届いた時、わたしはとてもうろたえました。

13 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:39:23.74 :jcjK0Bse0

「わたし、きっとここに来るべきじゃなかったんです」

そう言って、わたしは顔を伏せます。
人混みはもともと、こわくて苦手だったけど……
それ以上に、わたしに分不相応な場所のように思えて。

「わたしがアイドルを目指すなんて……そんなの、無理ですよ」

 一人でオーディション会場にやってきたわたしは、人の多さに驚きました。
こんなにたくさんの、かわいい女の子たちが、アイドルを夢見ているんだ……って。

「こんなにたくさん、他にもアイドルを目指す人がいるのに……」

14 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:40:25.36 :jcjK0Bse0

きっと、何かの勘違いだったんだ。

そう思って、引き返して家に帰ろうとしたわたしを、あなたは呼び止めました。

混乱するわたしを落ち着かせて。
あなたはオーディションの、受付の場所を教えてくれました。

わたしのお話を、聞いてくれました。
それまで、わたし自身のお話を誰かにすることなんてなかったから……
話し終わった後、わたしはなんだかすっきりしていました。
何かの支えが、取れて流れていったような。

15 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:41:39.73 :jcjK0Bse0

この人が、わたしを見て……
わたしの話を聞いてくれる、人生最後の人になる。
そう思って、背の高いあなたの顔をわたしは目に焼き付けます。

優しそうな人。
輝く世界にいるあなたと……アイドルになんかなれっこないわたしの道は。
きっと、二度と交わることがない。

灰色の世界に戻って、わたしは幸せな夢を妄想して眠り続けるから。

そう思って俯いた、わたしの名前を。

名乗ったことのない智絵里、という名前を、あなたは呼んでくれました。

16 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:42:24.16 :jcjK0Bse0

君が望むのなら、君をアイドルにしてあげる、とあなたは言いました。

プロデューサーをやっているのだ。
君の応募書類を見て、オーディションを楽しみにしていたのだ、と。

唐突に、世界は光に包まれて。

差し伸べてくれたあなたの手を掴むのを、でも、わたしは躊躇しました。

17 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:43:21.15 :jcjK0Bse0

わたしは、幸せなんか望んじゃいけなくて。
幸せになった分だけ、きっとそれ以上の悲しい不幸が待っているから。

今日ここに来なければ。

あなたのことを知らなければ、わたしはきっと、こんな不安に襲われることもなかった。

差し伸べられた手を拒絶すれば、今まで通りの……
失うものなんて無い、砂糖菓子の檻の中で戦えるのに、生きていけるのに。

なのに……わたしは。

18 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:44:21.44 :jcjK0Bse0

もう一度だけ、あなたの顔を見ます。あなたの顔色を、伺います。

あなたは優しく笑って、智絵里ちゃん、と言って頷きました。

きっとわたし、あなたをいっぱい失望させてしまいます。

きっとわたし、あなたが思っているよりずっと意気地なしで、ダメな子なんです。

だけど。

滲んでぼやけたあなたの手を、わたしはそっと握りました。

19 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:44:47.79 :jcjK0Bse0

「緒方……緒方智絵里……です。その……がんばります、ので……えと……見捨てないでくれると……うれしい、です」

20 :◆0vdZGajKfqPb :2015/10/11(日) 02:46:25.04 :jcjK0Bse0

おしまい。

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