高森藍子「離れていたって、届くように」

3:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 22:31:37.43 :wXzZV/Aw0

――――――――――――――――――――

To: ――プロデューサー
Sub: お元気ですか?

お久しぶりです。高森藍子です。

あれからもう一ヶ月ですが、お元気ですか?

私はCGプロで、レッスンやお仕事を頑張っています。

同じ事務所のお友達もできました。楽しくやっていますよ?

私を担当してくれているプロデューサーさんは、少し無口ですが頼りになる人です。

……でも、一番のプロデューサーは、あなたですけどね。えへへ。

私は、こっちの事務所で頑張っています。

たまにはあなたからも連絡くださいね?

では、行ってきます!

――――――――――――――――――――

4:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 22:34:21.99 :wXzZV/Aw0

私がアイドルとして歩き始めてから、半年と一ヶ月ほど経ちます。

彼にスカウトされたあの日から、色々なことがたくさん起こりました。

いきなり事務所に連れて行かれて、彼の必死の説得を受けて。

少しだけやってみようかなと思ってアイドルを始めたあの日。

はじめは、ずっとレッスンばかりでした。

どんなに頑張っても、私はもともとただの女の子で、特別運動ができるわけでもありませんでしたから。

何度もレッスンを重ねて、ライブができるほどに上達した私。

ついに、初のライブ対決を迎えて。

いともたやすく出鼻をくじかれて、彼の胸の中で大泣きしたあの日。

5:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 22:37:10.68 :wXzZV/Aw0

いまでも、そのすべてが鮮明に思い出せます。

その日から私は、ずっと、ずっとレッスンに打ち込んでいました。

最初はあまり、競うことは好きではありませんでしたけれど。

初めてのライブで、初めて負けて。

気付きました。

戦ってくれた相手の方が、もっと、見てくれていたお客さんを楽しませていたことに。

私も、もっとみんなを楽しませられるように。

みんなの笑顔を見たくて。

応援してくれている人達のために、私はずっとレッスンを続けました。

6:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 22:39:15.66 :wXzZV/Aw0

そして、レッスンやお仕事をいっぱいこなして、一歩ずつだけど、しっかりと歩き出してから。

もう一度、ライブ対決のお仕事。

今度こそ負けません。

私の声を、私の歌を、私の想いを。

みんなのために、私は必死に歌いました。

――そうして、また一歩、私は前へと踏み出せました。

結果を聞いた瞬間に、手を取り合って、お互いに確信して。

まるで自分がライブで勝ったみたいに喜んでくれていた、彼の笑顔。

嬉しさのあまりに泣いてしまっていた私の代わりに、笑ってくれているみたいでした。

7:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 22:43:00.60 :wXzZV/Aw0

――――――――――――――――――――

To: ――プロデューサー
Sub: 今日はライブでした!

こんにちは。高森藍子です。

もっとメールを送ろうと思ってたんですが……ごめんなさい。

忙しくてもちゃんとメールを送れるよう、頑張りますね。

今日は、移籍してからの初めてのライブでした。

それも、ユニットを組んでのライブだったんです!

同い年の事務所のお友達と、三人で初めてステージの上に立ちました。

結果は……じつは、負けちゃいましたけどね。

それでも、いろんなことがわかりました。

だから、今回は負けちゃったけどそれでいいんだって思います。

でも次は絶対に負けません!

ですから……応援、しててくださいね。

――――――――――――――――――――

8:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 22:46:24.70 :wXzZV/Aw0

いつから、でしょうか。

私は気付いてしまいました。

私の心のなかで、プロデューサーさんの存在が日に日に大きくなっていたことに。

恋をするって、こういうことなのかなって。

でも、なんだかおかしいですよね。

私はアイドル。彼はプロデューサー。

私の声は、私の笑顔は、私の想いは、常にファンのみんなのもの。

それを彼だけに向けてはいけないって、分かっていました。

だから、ずっと、ずっと我慢して今まで頑張ってきたんです。

それから、でしょうか。

アイドルとして、私が伸び悩んでいったのは。

9:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 22:49:13.59 :wXzZV/Aw0

彼の存在は大きすぎて、忘れることなんてできなくて。

どうしたらいいのかわからないまま、心の奥底に押し込んで。

ずっとレッスンやお仕事に励んでいましたが……。

やっぱり、大きな壁が目の前にあって。

それを乗り越えることができなくて。

私の選択肢は、ふたつ。

打ち明けるか、諦めるか。

そのどちらも取れないままに、私はずっと悩んだままでいました。

だから、中々芽が出なくて……私は、移籍の対象に選ばれたのかもしれません。

10:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 22:54:12.00 :wXzZV/Aw0

そうして、あと数週間後には移籍だと告げられて。

私は、うまく平静を保とうとしました。

いつもどおりレッスンやお仕事をして。

いつもどおりライブをして。

それでも、今となって思い返すと、いつもどおりになんてできてはいませんでした。

小さなミスがいくつも続き、レッスンが中断することもよくありました。

移籍のショックと……この事務所にはもういられないとあってから、私は少しだけ、頭のネジが外れてしまったようで。

私が私でないような気さえ感じていました。

……でも、そんなことがなかったら。

勇気を振り絞って、彼の腕に抱きついて。

さらに彼に思いを伝えるだなんて。

やっぱり、あの時の私はどうかしていたんだなって思います。

今となっては、それでよかったとも思いますけどね。えへへ。

11:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 22:55:09.86 :wXzZV/Aw0

こうして、色々なことが沢山起こって、私一人ではどうしようもないことばかりで。

けれどもいつものように時間は進み、地球は回っているんだな、と思うと。

これも、きっとなるべくしてなったことなのかな。

そんな風に思います。

12:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 22:57:57.08 :wXzZV/Aw0

――――――――――――――――――――

To: ――プロデューサー
Sub: 調子はどうですか?

おはようございます。高森藍子です。

季節が秋へと変わってきましたが、調子はどうですか?

私は……ぼちぼちです。

それでも昔みたいに少しずつ、アイドルらしさを取り戻してきていますよ。

ちゃんと、大事なことが何かを感じていますから。

事務所の皆さんとはもうお友達ですし、私は大丈夫です。

そうそう、少し前にまた、ライブをしました。

今度はちゃんと勝てましたよ!

三人で話し合って、目標を考えて……そうしたら、大事なことに気付きました。

私達が楽しくライブをやらないと、お客さんには気付かれてしまうんだって。

だから、高森藍子、精一杯楽しく頑張ります!

というわけで……あなたのお返事、待ってます。

あなたの声やあなたの言葉は、私を笑顔にしてくれるとっておきの魔法ですから。

――――――――――――――――――――

13:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:02:35.44 :wXzZV/Aw0

「……はぁ……」

スマートフォンに向かってため息をつき、鞄の中へとしまいます。

そうして、事務所の予定表を確認。

今日はレッスンが早めに終わるみたいです。

レッスンに向かう準備をしていると、

「あら、どうしたんですか藍子ちゃん?」

とちひろさんに声をかけられます。

――なんだか新鮮だなぁ。

前の事務所で私を気にかけてくれていたのは、だいたい彼だけだったから。

ちひろさんは事務員だけど、私達のことをよく見ていて……時々、お話を聞いてもらったりします。

「なんだか、気がかりなことでもあるのかなーって」

ちひろさんは私達の些細な変化にも気付く不思議な人です。

心が読めるんですか、と以前冗談半分に聞いたけれど。

『みんなのことをちゃんと見ているだけですよ。うちのプロデューサーさん達はみんな、頭の中がお仕事のことばっかりですから』

としか教えてくれませんでした。

14:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:04:49.64 :wXzZV/Aw0

「気がかりなこと、ですか」

「ええ。気がかりなこと、です」

にこりと笑うちひろさん。この人の笑顔が向けられると、不思議とすべて話してしまいそう。

ふふっ、これ以上は野暮ったいですね、とちひろさんは詮索をやめてくれました。

確かにこれ以上は、ぼろが出てしまいそうでした。

やっぱり、ちひろさんは知っているんでしょうか。

私と、彼とのことを。

あの日、またいつかと誓ってから。

心のなかに浮かぶのは、彼に会いたいという気持ち。

止めどなく流れる清流のように限りなく湧き上がって、なんだか苦しい思いになります。

清流は、いつしか色々なものを削りとって、巻き込んで、濁流に。

嫌なこと、失敗したこと、会えない思いなんかが合わさって、心のなかで洪水を起こします。

もう、何もかも全てが胸の奥に溢れてくるような気持ちを、止められなくて。

「……藍子ちゃん?大丈夫ですか?」

いえ、大丈夫です、それでは行ってきます、と口早にまくし立てて、事務所を出ます。

ちひろさんには、見えちゃったかな。

すっと、溢れた思いを拭きとって、レッスンスタジオへと向かいます。

15:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:07:33.49 :wXzZV/Aw0

「――今日は、ここまでです。お疲れ様」

ダンスと歌を取り入れた、ライブ用のレッスン。

いつの間にか、必死になって歌っていました。

「……藍子ちゃん、今日はどうしたの?何かあった?」

トレーナーさんも、何かに気付いたのでしょう。

――あんなめちゃくちゃなパフォーマンス、ライブ当日に見せるわけにはいかないもんなぁ。

「今日の藍子ちゃん……なんだか格好良いいなって思いましたよ」

えっ。

本当ですか?

「はい。何かを伝えようって、心に響くような感じがしました。その代わり、歌もダンスも失敗が目立ってましたけど」

……ですよね。

でも、その通り。

「ちょっとだけ……私、変わってみようって思ったんです」

伝えてみようって思ったんです。

16:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:09:53.20 :wXzZV/Aw0

――離れていたって、届くように。

17:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:11:32.45 :wXzZV/Aw0

――――――――――――――――――――

To: ――プロデューサー
Sub: 私の想い、届いていますか?

こんばんは。高森藍子です。

今日は、トレーナーさんにちょっとだけ褒められました。

といっても、レッスンが上手く行ったとかじゃないんですけどね。

トレーナーさんからは、必死で、一生懸命だけど……心に響いた、って言ってもらえました。

その代わり歌やダンスは失敗ばっかりで、後から少し怒られちゃいましたけど。

なんだか私じゃないみたいですけど……これでも、成長してるんですよ。

離れていたって、届くように。

私の出せるありったけの想いを、歌にのせて。

あなたに、なんて。

えへへ。

18:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:14:17.82 :wXzZV/Aw0

こうして、少しずつかもしれませんが。

私は成長していくのかなって。

どこまで行っても続いていくように、一歩ずつ、一歩ずつ。

私は歩いています。

時には立ち止まったり、考えこんだりすることもあります。

けれども、答えはどこにもありません。

それでもいいんです。

そうやって、積み重ねてきたものが。

そうやって、立ち止まりながらも一歩ずつ歩いてきたものが。

――私になるんですから。

19:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:16:20.70 :wXzZV/Aw0

――――――――――――――――――――

To: ――プロデューサー
Sub: これからライブです!

お疲れ様です。高森藍子です。

今日は、大事な大事な単独ライブの日です。

だから……祈っていてください!

私がちゃんと頑張ってるってこと、証明してみせますから!

――――――――――――――――――――

20:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:18:36.20 :wXzZV/Aw0

「……うん」

スマートフォンをそっと、鞄に戻します。

何度も何度も、繰り返して。

それでも、私達は離れ離れでも、歩き出して。

あなたの一言で、私は笑顔になれる。

私は、みんなに笑顔を伝えられる。

みんなを笑顔にできる。

でも……今はあなたの声は、聞こえません。

あなたはここにいません。

けれども、届いています。

あなたの想いは、心で、感じていますから。

「大丈夫ですよ」

口に出してみる。

あなたがここにいなくたって、私は。

「私は、アイドルですから」

21:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:23:24.25 :wXzZV/Aw0

「みんな、来てくれてありがとうっ!」

客席から、わぁっと声が上がります。

こんなにいっぱいのお客さんを相手に、ステージに一人。

でも、こわくなんてありません。

私を突き動かすのは、何よりも。

「頑張って歌うので、みんな、もーっと笑顔になっていってくださいっ!!」

さらに歓声が上がります。

幾重にも重なって、エコーのように何度も何度も跳ね返って、響きあって。

わたしのからだを、つきぬけてゆく。

まるで、声に倒されてしまいそう。

「それじゃあさっそく、一曲目!」

でも、大丈夫。

この声こそが、私の身体を、ぎゅっと、やさしく。

包んで、支えて、たとえ倒れてしまっても、起き上がらせてくれるんですから。

22:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:26:28.47 :wXzZV/Aw0

「これで、最後の曲ですっ!」

ライブも、もう終わり。

だから、とびきりの歌をみんなにプレゼントします。

プロデューサーさんは、とっても驚いていました。

トレーナーさんは、少しびっくりしてから、それもありだって言ってくれました。

私のイメージとは少しだけ違った、アップテンポで直情的な恋の歌。

『ふふっ……私にだって、情熱はありますから!』

思いのかぎりをぶつけるのもいいかな、って。

これも私だって、思ってもらえるのかな?

23:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:28:05.12 :wXzZV/Aw0

思った通り、客席からはどよめきが生まれます。

やっぱり私には、こういう曲は合っていないのかな?

そんな疑問を吹き飛ばすかのように。

私は歌います。

情けないくらいに、声をからして。

ギターやドラムの音に負けないほどに。

みんなの声援にだって、街の音にだって、かき消されないほど強く。

声を張り上げて、響かせて、かき鳴らして。

離れていたって届くように、歌えるのなら。

――見てくれていますか?

聞いてくれていますか?

今、ありったけの想いをのせて……みんなに。

そしてあなたに、捧げます。

24:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:29:46.55 :wXzZV/Aw0

曲が終わり、静寂が会場に染み渡ります。

ああ、やっぱりだったかな、と少しだけ頭によぎりました。

誰かが、手を叩きました。

それに合わせて、みんなが続きます。

誰かが、声を上げて褒めてくれて。

そこから一瞬にして湧き上がった大歓声。

私の心に、すうっと入り込んで、なんともいえない不思議な気持ちで満たしていきます。

「……ありがとう、ございますっ」

こぼれ落ちる思いを、拭わずに。

みんなに自然な笑顔を向けます。

「えへへ……ありがとうございます!」

さらに巻き起こる喜びの声。

いつの間にか鳴り響いていた手拍子に、私は笑顔で答えます。

「それじゃあ、これで本当に最後ですっ!」

ゆっくりと響くギター。

スローテンポの曲に合わせて、やさしく、歌を紡ぎます。

色々なことが起こって、どうしようもなくなっても。

時間は進み、地球は回る。どこまで行っても、続いていく。

離れていたって、届く歌。

誰のために歌ったのかは……私だけの、秘密です。

25:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:35:34.74 :wXzZV/Aw0

ぼんやりとした足取りで、私はトレーナーさんの車に乗り込みます。

ライブの次の日ともあって、流石に激しいレッスンはしませんでした。

でも、なんだが休んでいたくないような気がして、無理を言ってトレーナーさんに付き合ってもらいました。

本当はオフの日なんですけどね。私も、トレーナーさんも。

「昨日のライブ、とっても良かったですね!」

トレーナーさんは車を運転しながら、ミラー越しにこちらに微笑みます。

でも、夕日が差し込んでいて、トレーナーさんの顔はよく見えませんでした。

「そんな、全然ですよ」

謙遜しなくてもいいのに、とトレーナーさんは苦笑い。

――いえ、私自身あまりいいものとは言えなかったかなって。

確かに楽しかったですし、ファンのみんなは喜んでくれました。

でも、やっぱり。

みんなのために歌うべきだったのに。

「――誰かのために歌う、それだけでいいんですよ」

トレーナーさんは、ずっと前を見つめながら。

「ちゃんと、藍子ちゃんの声を受け取ってくれる人は、いますから」

26:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:37:14.51 :wXzZV/Aw0

そう、ですね。

ちゃんと、届いたかな?

届いているよね。

ふと思い出して、スマートフォンを取り出します。

未送信のメールが、4通。

それぞれに書いた日付を入れて、送信。

送信できました、のメッセージを確認してから、新規作成のボタンをタップします。

私もちゃんと、届けなきゃね。

27:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:39:07.56 :wXzZV/Aw0

――――――――――――――――――――

To: ――さん
Sub: (no title)

お久しぶりです。高森藍子です。

私は元気にしていますよ。

昨日なんて、一人でライブをやってみせたんですから。

離れていたって、ずっと貴方の声が聞こえていたような気がして。

だから、あれからの半年、私は頑張ってこれたんだなって、思います。

私の声も届いていたのかな?

でもやっぱり、貴方の声を直接聞きたいな。

あなたの声が、私に勇気をくれるから。

だから……いつか、会えませんか、なんて。

お返事くださいね。

ずっと、待っていますから。

――――――――――――――――――――

28:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:40:24.70 :wXzZV/Aw0

メールを送信しようとしたその時、トレーナーさんがブレーキをやさしく踏んだのに気付きました。

「着いたよ、藍子ちゃん」

ありがとうございます、とお礼を言って、送信せずにスマートフォンを鞄に押し込みます。

車を降りて、誰かがすぐそこにいることに気付きます。

ふと、そっちを向くと。

「――あれっ、プロデューサーさん、肇ちゃん。どうしたんですか、事務所の前で」

「あら、藍子ちゃん。レッスンお疲れ様です」

見慣れた二人。私の今のプロデューサーさんと、同じユニットの藤原肇ちゃん。

二人とも、今日はお仕事では?

早く終わったのかな。でも、どうして事務所の前に立っているんだろう。

ふと、二人の目線の先に誰かがいることに気付きます。

誰だろう。

なんだか、見覚えが――

「あ――」

29:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:41:29.76 :wXzZV/Aw0

気付いた時には、二人の目の前だということもなにもかも。

「――さん……。――さん、ですよね……?」

「藍子……?」

すっかりと忘れて、彼に抱きついていました。

……今となって考えると、とっても恥ずかしいです。

すぐそこにプロデューサーさんも、肇ちゃんもいたのに。

……そういえばこの前、お二人はとっても仲がいいんですね、と肇ちゃんにからかわれました。

肇ちゃんとプロデューサーさんほどじゃないです、と反論すると……肇ちゃん、顔が真っ赤でした。かわいいなぁ。

30:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:43:10.92 :wXzZV/Aw0

「ただいま、藍子」

「おかえりなさい、――さん」

離れていたって届くように歌った私の気持ちは、あなたに伝わっていたんだって、わかりました。

懐かしい感触。今まで頑張ったんだよという気持ち。会いたかった、素直な想い。

何もかもが、胸の奥から、あふれて、溢れて。

それでもいいんです。

きれいな茜色の夕日が、私の涙を隠してくれるから。

何もかもが溢れきって空っぽになった胸の奥は、これから、あなたとの思い出で満たされてゆくのだから。

31:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:44:44.98 :wXzZV/Aw0

ぎゅっと、少しだけ強く彼に抱きしめられて。

彼の心臓の鼓動、息遣い、彼の今までの思いが。

私の胸の奥に、すっと入り込んで、反響しあう。

少しずつ、私の心のなかの空白を満たしてゆく。

「ずっと、一緒ですよ。――さん」

こんなに近くだからこそ、ちゃんと届くように。

今、ありったけの、私の想いをのせて。

32:◆.FkqD6/oh.:2013/10/07(月) 23:48:09.16 :wXzZV/Aw0

以上で終わりです

ありがとうございました

元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1381152359

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