2: ◆eBIiXi2191ZO:2015/06/19(金) 17:40:53.51 ID:fYPfd2cg0
私は、幸せです。
私は、貴方に出会えて、幸せです。
私の今は、貴方と歩み、色を帯びました。
私は、しあわせ。
3: ◆eBIiXi2191ZO:2015/06/19(金) 17:41:55.78 ID:fYPfd2cg0
――シアワセってどんなだろう シアワセってどこにある
――きっとみつかるシアワセは きみのまわりの シアワセ
5: ◆eBIiXi2191ZO:2015/06/19(金) 17:44:16.03 ID:fYPfd2cg0
楓「Pさん?」
P「ふぁい?」
いつもの居酒屋で、Pさんと私と。いつものとおり杯を交わす。
Pさんは肉じゃがの芋をほおばっていました。
楓「あ、ごめんなさい」
P「いへいへ、ひょっひょあって……んぐ……あ、お待たせです」
楓「物入れたまましゃべるのは、めっ、ですよ……ふふっ」
6月14日。特別な日に、特別なことは何もなく、ただこうして日々を過ごす。
そんな、しあわせ。
P「で、どうしたんです?」
楓「いえ。なーんか、いつもどおりで」
P「それはまあ、楓さんのリクエストですから」
楓「それがいいなあって、思ってます」
P「でも、なんでまたいつもの居酒屋って?」
楓「それは、ですね」
6: ◆eBIiXi2191ZO:2015/06/19(金) 17:46:25.43 ID:fYPfd2cg0
今までどおりなら。
きっとファンのみんなの祝福がいっぱいあって。アイドル仲間のお祝いをいっぱい受けて。
そしてPさんは、きっとこの日のために特別な場所を用意して、私を祝ってくれる。
それはとても幸せなことと、十分にわかってる。
けれど。
楓「Pさんにプロデュースしていただいて、もう5年じゃないですか」
P「ああ、もうそうなりますね」
楓「なんか、山あり谷ありでしたし」
P「そうですか? 順調だと思いますけど」
楓「私すっかり『だじゃれ温泉お姉さん』から抜け出せなくなってますし」
P「それは楓さんが望んでやったことでしょう? 僕はもっとこう、ミステリアスな雰囲気を売りにしたかったんですよ?」
楓「それは、えっと……なんか恥ずかしかったんで」
P「もう路線変えられませんから。甘んじてその評価受けてくださいね」
P「あ。しらたきうめぇ」
Pさんはしらたき結びをつまみ。私はもう一杯日本酒を味わい、語る。
7: ◆eBIiXi2191ZO:2015/06/19(金) 17:48:41.42 ID:fYPfd2cg0
楓「毎年毎年、ファンの皆さんからたくさんの祝福をいただいて」
P「そりゃあ楓さんの人徳でしょう」
楓「事務所のみんなからも、いっぱい祝われてるじゃないですか」
P「みんな楓さんが好きなんですよ」
楓「……ですから、たまには」
P「たまには?」
楓「なにもないのも、いいかな、って」
P「なにもない、ですか……」
楓「ええ。なにもない、いつもどおりで」
P「いつもどおりねえ……」
なにもない。それがどんなに貴重でかけがえなのないことか。
私もPさんも、知っている。
Pさんは箸を止め、私を見つめた。そして。
P「それもまた、楓さんらしいですね」
そう言って笑った。
8: ◆eBIiXi2191ZO:2015/06/19(金) 17:49:59.50 ID:fYPfd2cg0
そのとき「焼き物おまちー!」と声がかかり。
ちょうどのタイミングで、焼き鳥が運ばれてくる。
P「お、きたきた。さ、食べましょうか」
Pさんは軟骨を手に取り、私に勧めた。
楓「よくおわかりですね」
P「そりゃあ、ね。だてに長いお付き合いじゃないですから」
今日もまたPさんと私と。いつもの飲み会が、続く。
私たちアイドルはハレの化身。非日常に降り立ち、歌い舞う。
それは、さながら祝祭。
だから、こうして日常を運んでくれるPさんが、いとおしい。
P「どうしてなにもないのが、いいんです?」
楓「んー。だって、日常ってとても大事じゃないですか?」
P「ふーむ」
楓「私は、そんな気がするんです」
それはたぶん、Pさんといるから。
Pさんとの何気ないやりとりが、私の日常。
9: ◆eBIiXi2191ZO:2015/06/19(金) 17:52:00.95 ID:fYPfd2cg0
楓「Pさん」
P「ん? なんです?」
楓「私、幸せですよ?」
P「そっか。幸せですか」
私とPさんは、手酌の酒を互いにあおる。
P「そりゃあ、よかった」
楓「ええ。ほんとに」
10: ◆eBIiXi2191ZO:2015/06/19(金) 17:53:07.58 ID:fYPfd2cg0
――シアワセっていってると ほんとにシアワセになるんだね
11: ◆eBIiXi2191ZO:2015/06/19(金) 17:54:51.72 ID:fYPfd2cg0
P「でも楓さん。こうしてるときよく『しあわせー』って、言ってますよね」
楓「そうですか?」
P「ええ。てっきり口癖かと思ったこともあったんですよ」
P「でも、決まってここで呑んでるときだけなんですね」
楓「まあ、そうでしたか」
『しあわせ』って言葉が、好き。声に出すだけで、温かい気持ちになれるから。
ため息を吐くたびに、しあわせが逃げていくと言うけれど。
声に出しても、しあわせは逃げない。
楓「だって、声に出せばほんとうに、しあわせって気持ちになれるじゃないですか」
楓「私も、Pさんも」
P「……なるほど。ほんとですね。うん、僕もしあわせだ」
ほら、ね。
しあわせって言葉を口にするごとに、みんなにしあわせを、おすそ分け。
楓「Pさんにもおすすめしますね?」
P「しあわせ、って、言うことですか?」
楓「ええ」
P「そっか。うん、そうですね」
時間が過ぎる。私たちはただいつもどおりに過ごし、語らい、笑う。
12: ◆eBIiXi2191ZO:2015/06/19(金) 17:57:46.56 ID:fYPfd2cg0
P「楓さん」
楓「はい?」
P「ほんと、僕はしあわせです。ありがとう」
楓「さっそくですか?」
P「ええ。いいと思ったことは即実行です」
楓「ふふっ……いい心がけですね」
P「そうですかね」
楓「そうですよ」
そんななにもない時間に、ふと挟み込まれる隙間。
P「でもほんとに、僕はしあわせですよ……楓さんが僕に、人生を預けてくれて」
楓「……」
13: ◆eBIiXi2191ZO:2015/06/19(金) 17:58:39.29 ID:fYPfd2cg0
P「僕と一緒に、歩いてくれて」
――すてきなことば おぼえたよ
P「結婚してくれて、感謝してます」
――それはね『シアワセ』
14: ◆eBIiXi2191ZO:2015/06/19(金) 17:59:56.63 ID:fYPfd2cg0
楓「……私のほうこそ」
楓「Pさんとともに生きていけること、とてもしあわせですよ」
ファンのみんなの祝福があって。アイドル仲間の、事務所の祝福があって。
私たちは『なにもない』普通の時間を、こうして穏やかに過ごしていける。
それはかけがえのない、しあわせ。
P「これからもこうして、なにもないしあわせ、感じていきましょう。ね」
楓「お願いしますね」
P「はい。任させました」
夜も更ける。私たちのささやかな宴は、続く。
P「しあわせですか」
楓「ええ、しあわせですよ」
6月14日の、とある場所で、とあるふたりのいつもの風景。
――それはね
――『シアワセ』
(おわり)
転載元
高垣楓「シアワセ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1434703131/