輿水幸子「ぼくの手はあなたのために」【輿水幸子SS】

1:◆1BVEeMnjxY:2013/05/19(日) 03:25:41.13 :quQxPEQDO

戻ってみると、なんだか事務所はしーんとしていました。

いたのは自分の机でめそめそと泣くプロデューサーさん一人。

「電気もつけずになにをしているんです」

そんな風に声をかけると、

「……ごめん、幸子、ごめん」

ちょっと洒落にできないような失敗をしてしまったそうです。

2:◆1BVEeMnjxY:2013/05/19(日) 03:28:24.99 :EKo0egQ7o

「……とりあえず、電気くらいつけましょうよ……」

「いや、不要ですかね。カワイイボクが戻って来たんですから、こんなものを使わずとも事務所は自然と明るくなりますか!」

いつもより、少し大げさに言ってみました。

一瞬くすりと笑ってくれたようでしたが――じんわりと、染みるように、プロデューサーさんの顔には再び情けない表情が戻って来ます。

まったく、本当に頼りにならない人ですね!

3:◆1BVEeMnjxY:2013/05/19(日) 03:29:39.89 :quQxPEQDO

「他のみなさんはどうしたんですか?」

と聞くと、

みんなもう帰っちゃったよ。
俺の失敗のせいで、今日の仕事は、全部なしになったからな、とのこと。

なるほど。

ですが、それで本当に帰宅してしまうのも、薄情な話です。

慰めるなり、次の手を一緒に考えるなり……。

逆に気を遣ったのかもしれませんが。

……いや、これほど泣き腫らす彼を置いて帰るんですから、みなさんさぞかしご立腹だったと思うべきですかね。

4:◆1BVEeMnjxY:2013/05/19(日) 03:31:25.34 :EKo0egQ7o

ふと……どこか自分が、他人ごとのように状況の把握に努めていることに気がつきました。

一応、ボクの仕事も――それも、大きな仕事が、一つ、台無しになってしまったわけです。
アイドルという仕事ですから当然、一つの失敗、損失は、他の仕事に驚くほど影響します。

要は、こんな風にのんびり考えている場合では、正直ないですし――感情的になって、プロデューサーさんに罵声の一つでも浴びせるくらいは……自然なことで。

「……ぅぅ……」

実際、彼がこうして縮こまっているのは、一つと言わずいくつかの辛辣な言葉を浴びたからでしょう。
一つでも十分壊れてしまいそうな、その頼りない身に、いくつもの罵倒を。

5:◆1BVEeMnjxY:2013/05/19(日) 03:35:40.47 :quQxPEQDO

自分よりよほど幼いボクを前にしても、漏らす嗚咽がいつまでも止まる気配のない、意気地のないプロデューサーさん。

けれどどうでしょう。

さっきも思った通り――ボクは、そんなプロデューサーさんを見て、苛々すると言うよりは――……なんだか、そう、守ってあげたくなるような、少し違うような。

「大丈夫ですよ、プロデューサーさん」

それは果たして優しさなのかは分かりません。

ボクは、彼の背中にそっと手を当てて、ゆっくりと上下させます。

「ボクだけは何処にも行きません」

6:◆1BVEeMnjxY:2013/05/19(日) 03:38:17.07 :EKo0egQ7o

するとますますプロデューサーさんの目から涙が溢れて来ます。

ああ、中学生のボクに慰められる、背広姿のプロデューサーさん。
幼いボクの手に収まるくらいに背を縮めたボクのプロデューサーさん。

ボクの行為に対照するように、ボクの背中を、何とも言えない不思議な感覚が這い回ります。
ぞくぞくします。

7:◆1BVEeMnjxY:2013/05/19(日) 03:38:57.87 :quQxPEQDO

「……ごめんな、情けないとこ……見せちゃったな」

ようやく、プロデューサーさんの嗚咽が止まりました。
少し名残惜しく思いながら、ボクは彼の背中から手を離します。

「今さらなにを言っているんです」

「プロデューサーさんの情けない姿なんて、もう見飽きたくらいですよ! たまにはシャキッとした姿も見せてください!」

「……うん」

そんなしょぼくれた返事では信じられませんよ!

8:◆1BVEeMnjxY:2013/05/19(日) 03:39:44.40 :EKo0egQ7o

「……うん、ありがとう。ちょっと、元気出たよ」

「挽回できるように、頑張るな」

それでいいんです。
頑張ってください。

いえ……頑張りましょう。
ボクがついていますので!

9:◆1BVEeMnjxY:2013/05/19(日) 03:40:30.88 :quQxPEQDO

「なあ、幸子」

「? なんです?」

「……もしまた失敗したときは、……その」

今から失敗したときのことなんて考えていてはだめですよ!

……と、一喝してあげたいところですが……いえ、まあ、今日くらい――ボクくらい、思う存分優しくしてあげましょう。

いいですよ。

これからは、ボクの手はあなたのために、ふふ。

10:◆1BVEeMnjxY:2013/05/19(日) 03:41:17.92 :EKo0egQ7o



「幸子」

「おや、プロデューサーさんですか。どうかしましたか?」

「……あ……えっと、その。今日、……ちょっと、辛いことがあって、さ」

「……またですか? くす……もう、プロデューサーさんは、本当に仕方のない人ですね!」

「……すまん」

「いいですよ、別に。……でもこんな風に、いつまでもボクに頼りっきりでだめだめなプロデューサーさんは、……」

「一生、カワイイボクのプロデューサーさんですからね!」

おわり

11:◆1BVEeMnjxY:2013/05/19(日) 03:42:47.34 :quQxPEQDO

ヤンデレ幸子、共依存的な。

短かったですが失礼しました。
スレタイは、「ボクの手はきみのために」という小説からです。

元スレ
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1368901541

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